コチサニュース No.108 2001.6.27

 日曜日の散歩の一コマ。

 前日までの疲れが溜まったのか、その日は午後3時からの出発となりました。

 ゆっくりと今日は足を伸ばして・・・

 そんな気分で、普段は訪れないところまで遠出をしてみました。

 途中で、サンドイッチを買って、近くに見えるひなびた公園に入ろうとすると・・・



 大きく広げられたビニールシートに、財布やポーチの革製品、ボールペンやら万年筆、そしてライターやらの金属ものが、所狭しと入口を塞いでいます。

 「まぁ子供もが賑わう公園でもないし、誰の邪魔にもならないし、文句をつけるほどの事でもないな」

 そう思ったコチサは、その商品郡を大きく迂回して公園に入り、ベンチに腰掛けました。



 「それにしても、なんか暗い湿った公園だなぁ・・・まっいっかおかげで人がいなくて・・・」

 そう言いながら、サンドイッチをパクつくコチサに近づく足音が・・・

 入口のビニールシートに、革製品や金属物などを陰干ししているおじさんがやってきました。

 やだな、怖いな・・・



 おじさん

 「全く、困っちゃうな、朝から誰も来やしない。こんなんで場所代請求されたって払えやしない」

 どうやらおじさんは、直接コチサに話し掛けているというよりも、まぁ返事をしてくれればもうけものといった感じでしゃべっているようなので、コチサは無視する事に決めました。

 話し振りから、このおじさんはテキヤのおじさんで、ビニールシートに広げられたものは陰干ししているんじゃなくて、売り物だとわかったからです。

 お客さんが来ないからって、コチサに売りつけられたら困ります。

 しかしこのおじさんも全く・・・

 いくら指示されたからって、こんなさびれた公園で、それもお祭りをやっているわけでもないのに店出したって、お客さん来るわけないのに。



 おじさん

 「もう6時間も、何も食べてない。全くぅ・・・」

 コチサが反応しないとわかると、おじさんはまたブツブツ言いながら、ビニールシートの方へ戻っていきました。



 コチサ

 「そんなブツブツ言われたって・・・、何も食べてないって言われても、コチサのサンドイッチをあげるわけにはいかないさ」

 小さく独り言を言って、コチサはさっさとその場を退散することにしました。

 また、ビニールシートを迂回して、公園を出るコチサ。

 もう一度商品をながめると・・・

 うん、やっぱり陰干ししているとしか思えない・・・



 「行っちゃうのかい?」・・・

 おじさんの寂しそうな目に後ろ髪は惹かれましたが、その場を逃げ出したい気持ちが強く、さっさと大通りに出て行きました。



 大通りは日差を浴びて、明るく元気一杯の休日の昼下がりでした。

 道を一本隔てただけで、街ってこうも変るんだなぁ・・・

 そしてコチサもその明るい大通りの雰囲気に染まって、さっきの公園の出来事なんてとっくに忘れていました。

 昼下がりの日差しに、一際明るく輝く一画が目の前に見えました。

 ビルとビルの間に挟まれた広いスペースに、人だかりがあります。



 「何だ?何だ?」

 こういう人だかりには目の無いコチサも、早速駆けつけました。

 「フリーマーケット会場!」

 大きな立て看板が目に入って来ました。



 賑わう人々と、その笑い声・・・

 その瞬間コチサの中で、全ての音が止まって景色も止まりました。

 何がそうさせたのかわからないのですが、気が付くとコチサは今来た道を走っていました。



 さっきの公園に駆け込むコチサ・・・

 コチサ

 「(ハァハァ)おじさん!」

 おじさん

 「あっさっきの・・・、いらっしゃい、安くしとくよ」

 コチサ

 「違うよ、おじさん。おじさん、場所間違えてるよ」

 おじさん

 「ん?」

 コチサ

 「フ、フリーマーケット、あっちでやってるよ。一本通りを間違えているんだよ」

 おじさん

 「へっ?」

 コチサ

 「へっ、じゃないよ。おじさん、朝から6時間も間違え続けているんだよ。さぁ行くよ、コチサも手伝うから。一緒に移らなくちゃ。終わっちゃうよ」

 おじさん

 「それ教えてくれるために、息切らして戻ってきたのか?」

 コチサ

 「息切らしたのは、最近走ってないからだよ。そんなことより早く行こうよ」

 おじさん

 「ありがとう。でももう良いよ」

 コチサ

 「えっ?」

 おじさん

 「決まりでは4時までなんだよ。もう15分も残ってない・・・」

 コチサ

 「そ、そうなんだ・・・」



 なんでコチサ必死に走って来たんだろう?

 最初公園で見た時は、怖くて話し掛けられても無視したのに・・・

 日差しを一身に浴びた大通りで、フリーマーケットの看板を見た瞬間、コチサは急にこのおじさんの所に駆けつけたくなっちゃったんだ。

 何でだろう?

 間違えたから?

 可哀想だったから?

 朝から6時間も食べ物も食べないでいたから?

 お客さんが一人も来なかったから?



 それは、きっと、大通りを一本挟んだだけで、光と影になるこの街のせいのような気がしました。

 一歩、本当に一歩歩けば、色鮮やかな世界があるのに、こっちのモノクロの世界からはそんな事は想像も出来ない・・・



 コチサ

 「じゃぁどうするの?ここに居るの?」

 おじさん

 「あぁ、あと15分だし」

 コチサ

 「店番しててあげようか?さっきお腹減ってるとか言ってたでしょ」

 おじさん

 「大丈夫だよ、あと15分だし」



 フリーマーケットがあるからと、親分から指示を受けてやってきたこのテキヤのおじさんがビニールシートに並べている商品を、もう一度ながめて見ました。

 最初に陰干ししているんじゃないのと思った程の商品です。

 もしかしたら、あの日差しを浴びたビル街の会場でもあんまり売れなかったかもしれません。

 素直にそう言ってみました。



 おじさん

 「まぁな、こういうのはな、縁日とか夜店とかな、そういう自然の光の無いところの方が売れるんだよ」

 コチサ

 「おじさんも、昼間の明かりは好きじゃないんでしょ」

 おじさん

 「さぁなー」

 公園の時計が、午後4時を指し、おじさんは荷物を片づけました。

 後片付けを手伝ったお礼にと、おじさんはコチサに、赤錆色のポーチをくれました。

 おじさん

 「若い人には似合わないだろ、お母さんにやってくれ」

 コチサ

 「うん、そうする」

 おじさん

 「ふっ、正直だなぁ」

 おじさんは、路駐をしていた「軽」に荷物を詰め終わると、

 「じゃぁ」と言って帰っていきました。



 コチサは、親分に怒られるおじさんを想像して少し可笑しくて笑ってしまいました。


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