No.043 2001.1.22
仕事がOFFの日曜日(最近ではだいたい月に一回位は確保出来るのですが)、朝市に顔を出すようになりました。
コチサの家の近くの、○○市場という鮮魚と青果を扱う卸しで、一般客向けに朝市を開いてくれているのです。
そしてそこでの目玉は、素人さん参加の「競り」です。
実はコチサは小心者なので、初めて朝市に行ったときは一言もしゃべれず、かといって一端巻き込まれた輪の中から抜け出すことも出来ずに、泣きそうになっていました。

おばちゃん
「あんた、買わないのなら出て行ってよ。狭いのに邪魔よ」
コチサ
「はい、出るに出られなくて」
おばちゃん
「ちょっとぉー開けてよ、道開けてぇ。この子迷子になったみたい、出るってさぁー」

もう逃げ出したい気分でした。
でもこのおばちゃんのでっかい声にもかかわらず、競りの輪は一層込み合うばかりで、おしくらまんじゅうのように、かえってコチサはこのおばちゃんと体を寄せ合うことに・・・

競り人
「はい、次はマグロ、マグロ、百円から百円から・・・」

二百円、三百円と競り挙がる声の中に、コチサの耳元のおばちゃんの声も一層熱を帯びてきます。

おばちゃん
「千円、千円、ほら、おにいちゃん千円、こっち向いて、聞こえてるのぉ?」
この迫力に競り人のお兄さんが気圧されたのか、結局このおばちゃんが、千二百円でゲットしました。
でもこのおばちゃん、帰らない。
次から次へと、競りに参加していきます。

おばちゃん
「千円!あーだめかぁ・・・いいよ、いいよ、あれに千円以上出したらこっちの損だからね・・・あら、あんたまだ居たのかい?」
コチサ
「えぇ、混んでて出られなくて」
おばちゃん
「気の小さい子だね。まぁいいや、これ持ってて」

一時間の競りの中、結局コチサは、この見ず知らずのおばちゃんのゲットした商品の荷物持ちとなり、マグロブツを三切れ、たこ、海老・・・等々を両手に抱えて俯いていました。
「二度と来るもんか」
声には出さず、心に誓いました。
そして競りは終了。

おばちゃん
「今日の収穫はまぁまぁかな。なんだあんた結局何も買わなかったのね。ここに来て遠慮してたんじゃ何にもならないよ。あんたは先ず、大きな声を出す練習しなくちゃね」
コチサ
「まぁ発声練習ならいつもしてるんですが・・・」
おばちゃん
「あんた何買いに来たの?」
コチサ
「マグロを・・・ちらしで。マグロの競り、百円からって書いてあったから・・・」
おばちゃん
「馬鹿だねあんた、見たでしょ。百円からって言って百円で買った人いた?それが競りっていうもんよ、百円からで百円で買えるわけないでしょ」
コチサ
「いや、そんなことわかってますよ。百円だけ持ってきた訳じゃないです」
おばちゃん
「幾ら持ってきたの?」
コチサ
「三百円」
おばちゃん
「さ、三百円?・・・本当に馬鹿だねあんた、このたこだって八百円したろ?それにあんた声出さなくちゃいくらお金持って来ても買えないよ」
コチサ
「あのーもう帰っていいですか・・・」
おばちゃん
「あぁ、ありがとうね。あんた来週もおいで、あたしが買い方と声の出し方教えてあげるから」
コチサ
「いや、もう結構です・・・じゃぁさようなら」
おばちゃん
「待ちなさい、ほらこれ!持ってくれたお礼、一つあげるわよ」
見ると、おばちゃんが一番最初に千二百円で落としたマグロブツが、コチサの手の中に。
コチサ
「えっ?」
おばちゃん
「三百円でマグロブツ買いに来たんでしょ。ほら三百円出しなさい」

そしてあれから半年すぎた先週の日曜日。
コチサ
「あっ、おばちゃーん、ここ。場所とってあるよー。すいませーん、おばちゃんが来まーす、場所開けて下さーい」
そして競りが始まる・・・
今日もおばちゃんは、たくさんのマグロや海の幸を買い貯める。
コチサは三百円までは誰よりも大きな声で値を吊り上げる。
三百円で落ちるものはなかなか無い。
でもこの雰囲気が好き。 競り人のお兄さんとも顔馴染みになった。
時々、ナカオチを落としてくれたりする。
吐く息なのか、熱気なのか、白い靄がかかっている競り場が好き。
そして、鐘が打ち鳴らされ、競りが終わる。

おばちゃん
「今日はどう?おっナカオチ落としたね。うまくなったね」
コチサ
「おばちゃんのおかげで度胸が付いたよ」
おばちゃん
「声も良い声出るようになったじゃない。なかなか良い声してるよ。もっと努力すれば、アナウンサーにもなれるかも知れないよ。まだ若いんだから夢は大きく持たなくちゃね」

多分これから先も、おばちゃんに、コチサの本業を教えることはないだろう・・・
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