「コチシム」第5章次点作品

第5章のナイスな「コチシム」作品群

最近バラエティーに飛びすぎる「コチシム」。
編集の複雑さを察して下さい。


[第5章次点作(その1)]
(同郷の「やぁ」さんの作品です)

谷山浩子さんの「カントリーガール」を聴きながらお聞きください。
♪カントリーガール、君の目の中で夕焼けが燃える
♪カントリーガール、君の微笑みは草原の匂いがする
(コチサさん、この下によく雑誌ででてくる引用、日本音楽協会第何号とかいうのを入れてください)
(コチサ註:そんなの自分で調べてちょ)

「東京に行こう」と決めてから早2年の歳月が経ってしまった。
「東京に行こう」と決めたくせに、しっかり受験勉強をして地元の大学に入ってしまった。
「東京に行こう」と決めたのに、「ミスキャンパス」になる為にしっかり地元で運動してしまった

「やっぱり私って流されちゃうタイプなのね」
何か大きな出来事に乗じて勢いで決めないと、何もしない女、それが益田沙稚子であった。

「このままじゃいけない」
今回沙稚子をその気にさせたのは、「キャンパス準ミス」が、香川県名産「カト○チ」のCMのモデルに大抜てきされた事件が引き金だった
「ミスキャンパス」以来、すっかりその容姿に自信を持っていた沙稚子にとっては、これはちょっぴりこしゃくな事件だった。
何事もその原因を自分自身に求めない沙稚子は、その変わり身の早さで、「やっぱり私は声で生きなきゃ」となった。
ミスキャンパス時代の「あたしはモデルが天性」から、昔取ってすかっり忘れていた杵柄、「あたしは声で勝負の知性派」の夢に舞い戻ってきたのであった

「父ちゃん、おいら東京に行く」
人の感情を解さない沙稚子は、もう勢いで妹、弟には、
♪父さん、母さん、大事にしてね
と「瀬戸の花嫁」(コチサさん、この曲もお願い)を歌うとさっさと旅立ちの準備を始めてしまった。

夜汽車の中では、 ♪街の灯り、キラキラ(「街の灯り」,too)
を鼻歌で歌いながら、実は勢いで飛び出した事に不安で震えていた。
そう沙稚子は、単なる「内弁慶」だったのだ。

−東京編「カントリーガール」スタート−
♪日に焼けた都会の景色はまわる万華鏡〜

「恐かった」
これが一段落ついた後の、沙稚子の感想であった。
アパート、アルバイト、アナウンス学校入学・・・・・
これら全てを、初めてコチサは一人でやり遂げた。
「いろいろだまされた気がする・・・・」
これは、後年の沙稚子の述懐である。
とりあえず、人より多くの礼金敷金を払い、人より低めのアルバイト料を手にして沙稚子の東京生活は始まった。

アナウンス学校の友達とは、すぐに仲良くなれた。皆が同じ目的を持っているせいで、はじめて沙稚子は「仲間はずれ」というものから解放された。
最初の数カ月、アナウンス学校はまさに、「お国自慢方言大会」の様相を呈していた。たくさんの希望に溢れる若い芽が、全国各地から集まって来ていた。
「これが同じ国の言葉か?」
かくいう沙稚子も、負けてはいなかったようだ。
「方言克服」が至上課題とされ、生徒たちは皆が皆「発音アクセント辞典(NHK編)」を買い込み、始終持ち歩いた。
沙稚子も田舎の父親に無理を言い、何とか高価なその本を仕入れて持ち歩いたが、結果的には握力強化につながっただけだった。
「習うより慣れろ」
結局、普段の生活が、少しずつ生徒の口から訛りを取り除いていった。

同じクラスのゆみちゃんは、なかなか訛りが取れずに落ち込んでいた。
東北出身のゆみちゃんは、おとなしく自己主張もせず、透き通るような白い肌を持った、全てにおいて沙稚子と好対照な生徒だった。
ただしゆみちゃんの方は、「太陽の申し子」沙稚子に充分なライバル心を抱いていたようである。
落ち込んでいるゆみちゃんを元気づけようと、沙稚子は原宿の「クレヨンハウス」に誘った。MCの大先輩、栃木県出身の落合恵子氏のお店である。
素敵な絵本を買って、朗読の練習をしようと思ったのである。

♪君はお古のスカート、恥じらいながら
♪それでも瞳を輝かせながら、街を歩いてたね

いきなり掴まってしまった。
沙稚子は、「全く!」と思いながら、そのナンパ男を無視して歩き出そうとしたが・・・・
ゆみちゃんが動かない。
熱心に話を聞いてしまっている。
「ゆみちゃん!」
強引にゆみちゃんを引っ張り、その場を立ち去りながら、「まずいよ、この子は」と沙稚子は何故か胸がドキドキした。

チャンスの日が訪れた。
足立区が広報向けの「区民レポーター」を沙稚子の学校に依頼してきたのである。
どうして、沙稚子が選ばれたか?
それは説明はしない・・・・・第5章までくればファンはだいたい解ってるはずだから・・・・ (コチサ註:おいおい)
このビデオは、沙稚子の学校を一躍人気校にし、区は「親近感のある紹介ビデオ」と区民から評価を得、そして沙稚子はクラス中の笑いものになった。
「あがりまくってる」「目が泳いでる」「膝が笑ってる」「マイクを吹きまくってる」・・・等々、専門的に見れば稚拙な技術に、同僚からの失笑を買ったのだが、意に反してその天真爛漫なキャラクターは足立区民に受けた。
区役所、図書館、その他の公的施設で流れるコチサの笑顔は、お年寄りを中心に暖かく迎え入れられた。
沙稚子のビデオが流れるとたくさんのお年寄りが待合い室に集まってきた。
そして、そのビデオを熱く眺めるもう一つの目・・・・・

♪カントリーガール、君の目の中で夕焼けが燃える
♪カントリーガール、君の微笑みは草原の匂いがする

今でも、私達は足立区のどこかの施設で、お年寄り達が暖かく迎えるそのビデオに、出会うかも知れない。
そして、それを見つめる私達の背中を突き刺す、燃えるような視線、ゆみちゃんの目に・・・・・


◆コチサの寸評

「やぁ」さん、はなから「育成作品」になろうと思ってないでしょ。
最近は、「育成作品」より「次点作」が面白いからって、その他のコーナーへの掲載狙いがよくあるわ。
確かに、育成課題をクリアーすることで作品の自由度は狭まってくるけど・・・・・・
今回は、次回作の前ふり「由美ちゃん」まで登場させて布石を打ってくれてありがとう。でも次回、由美ちゃんを育成課題に入れない可能性もあるのよ(意地悪コチサだもん)
谷山浩子さんの「カントリーガール」はコチサも好きです。清々しい、とっても素敵な曲ですよね。
まぁそれ以外は、なんていうことの無い作品でした。
(コチサをお間抜けに設定すると、こういう仕打ちが返ってくるのじゃ)


[第5章次点作(その2)]
(連続出場「グッド、ぐっど!」さんの作品です)

扉を開けるくらい、俺様にかかれば、わけはない。。ほうら、あいたぞ。素早く中へ滑り込むと、内側からロックをおろす。

俺は、泥棒。
はっきりいって、プロフェッショナルだ。完璧なカモフラージュこそ俺の信条。
いつものネイビー・ブレザーにレジメンタル・タイ。7つ道具を入れたアタッシェ・ケースの中には、ちゃんとカモフラージュ用のパンフレットまで用意した。それも、人に見せれば、たいてい「私、興味ありませんから」と断わられるようなやつを、わざと選んである。

この格好なら、通りすがりのマンションの様子をうかがっていても、怪しまれることもない。
部屋が留守だとわかれば、あとは7つ道具にものをいわせて、はい、ごらんのとおり、というわけだ。

このワンルームの主は、どうやら若い女らしい。となれば、まずは押入れだ。上の段に収まっていたチェストの引出しを順に開いてゆく。タオルとハンカチ。
タオルの下は。。思ったとおり、きれいにたたんで並べられたパンティ。
俺はニヤリと笑って、迷わず手を差し入れだ。

おっと、誤解しないでくれ、おれは泥棒だ、ヘンタイではない。
下着の底に預金通帳を隠して安心している一人暮らしの娘は、けっこう多い。。
しかし、こいつは違ったみたいだな。押入れを元に戻すと、こんどは机に近づいた。

変だぞ、と気づいたのはその時だ。
ブックエンドの間には、読み古した聖書とニーチェ。いまどきの娘が、ニーチェだと?
おまけに、キリストと無神論者を並べておくなんて!不自然だ。
写真立てには、お約束の彼氏の写真じゃなくて、重そうな布袋を背負って踏んばる赤子が写っている。こいつはいったい、何なんだ?

それから、「回収、八重洲口」と書かれたメモと、コイン・ロッカーの鍵。。。
あやしい、あやしすぎる。。瞬間、背筋が凍った。もしかして、こいつは、俺をハめるためのワナなのか?。。。

だが、すぐに俺は会心の笑みを浮かべた。そうか、わかったぞ!この部屋全体がカモフラージュなんだ!なにか、巨大な陰謀か犯罪が動いているんだろう。そしてここが、一味が確保した連絡場所というわけだ。この部屋に出入りする連絡員は、念入りに女装した男に違いない。この奇妙な写真は、暗号指令だ。だとすると、このメモと鍵は。。

当然、覚醒剤か札束、に決まっている!!
俺は鍵をひっつかむと、部屋をぬけだして東京駅八重洲口へと急いだ。。。。

・・・・・・・・・・

あれ?ロッカーのカギ、どっかいっちゃったぞ?。。。
まあ、いっか。このままシカトしちゃお。


佐知子は、会社へ挨拶しに来た父親が担いできたウドンの山の処分を、あっさり東京駅のコイン・ロッカー係にまかせることに決め、フォト・スタンドにはプール・サイドで友達と一緒に撮った写真を戻した。父親に水着姿を見られるのが恥ずかしかったのだ。

戸口の前で拾ったパンフレットを押しやり、佐知子は机の上にローソンで買ってきたカラ揚げ弁当と缶入りウーロン茶をひろげて、さっそくパクつきはじめる。
しなびたレモン・スライスとパセリを割り箸でとりのけながら、久しぶりに四国から上京した頃のことを思い出した。

当時、佐知子の目には、安藤優子アナの姿しか映らなかった。彼女につづくのは自分しかいない、そうよ、それがあたしの使命!!
熱に浮かされたように希望を語る佐知子を、しかし、迎えてくれるTV局なんて一つもなかった。当然である。
報道アナウンサー志望だと?それも、キー局の!?
この、化粧の仕方さえロクに知らんような田舎娘は、何をネボケてるんだ?

せいぜい、郷里へ帰って、ローカル局で職を探しなさい、コネさえあればなんとかなるかも。そう親切に言ってくれた人が一人だけ。もっともである。
だけど、あたしにしてみれば、いまさらそんな。。。

結局帰れなかった佐知子は、今は証券会社で働いている。まだバイトだけれど、近々正社員にしてもらえそうだ。
仕事は、客に電話をかけまくって、次々と株や債券を買替えさせ、その手数料を稼ぐこと。
生活のためだ、と目をつむって始めたバイトだったが、いまや声だけで客を自在にあやつることに、快感さえ覚えるようになった。現実なんてこんなもんよ、とうそぶく彼女には、もうあの一途な熱い想いは、遠い昔話になってしまった、はずだった。。


それにしても、と佐知子は思いながら、拾ったパンフレットに手を伸ばす。いったい誰がこんなものを?

もしかしたら、これが、扉を開くカギなの?。。。
まだ間に合うのかしら、もしかしたら。。。ウーロン茶をすするのも忘れて、そのアナウンス学校の入学案内パンフをめくりながら、いつしか佐知子は真剣に考えをめぐらせていた。

・・・・・・・・・・

風は、落葉を残して部屋の中を吹き抜けていった。授業の実習で区民リポーター役の佐知子が、通りかかったネイビー・ブレザーの男をつかまえて無理矢理インタビューし、ひと騒動おこすのは、もう少し先の話である。


◆コチサの寸評

連続登場は支店長さん以来の快挙です。
「コチシム」はほとんどの場合、一回応募してくれた人は採用、不採用に関わらずリピーターになって応募してくれるのですけど、連続採用はなかなか大変なのです。
「グッド、ぐっど!」さんは、前回も書いたけど今までの「コチシム」に無かったタイプです。
今回はその文体が一層洗練されて入ってきました。(今回は少し「赤川次郎」さんが入ってない?)
コチサの中では「グッド、ぐっど!」さんの作品は、「コチシム」が全体として進んでいる方向(ワープロで言えばどんどん機能が増して大きく重くなっていく状態)に対して継承を鳴らす、サクサク打てる快適エディタの位置づけです。
「落ち」もうまいしコチサ笑いました。


ここからの2作品は、毎回必ず来る、ふざけた作品の紹介。
まぁ単なる息抜きとして、読みとばして下さい。
(しかし今回はこのての作品が来るとは思ってたけど・・・・)


[第5章愉快犯(その1)]
(胡桃沢胡桃の作品だい!)

コチサには、AV女優の過去がある・・・・・・・・


◆コチサの寸評

バカヤロ!


[第5章愉快犯(その2)]
(東京都−現職さんの作品です)

(前略)
で、首尾良く業界人御用達のホテルに連れ込まれたコチサは、何がなんだか解らぬまにたくさんのライト、音響設備、カメラに圧倒され、インタビューを受けることになっていた。
(中略)
巧みな話術である。
一時のパニック状態を脱したコチサは、インタビュアーの話のツボを熱心に盗もうとした。
(中略)
コチサにとってはこの危機一髪事件が、何よりも実践での貴重な「話し方教室」になり、その後のMC生活に大いに貢献したのである。
まさに、全てを吸収し伸び続けるコチサのパワーであった。


◆コチサの寸評

現職さんは結果的に、「コチサは危機一髪で悪い奴等から逃げ出し、かつ巧みな話術のツボを掴んだコチサ」というシチュエーションを構築してくれたんだけど、そこまでの課程が載せられない。
この人、本物よ!
「コチシム」のおかげで、コチサは新しい世界がどんどん勉強できちゃうわ。
ただ、現職さんとは多分一生逢うこともないでしょう。
(あっそうでもないわ、「女を食い物にした男の半生を、堀の中に訪ねる」とかいう社会派企画のレポーターになったコチサと出会うかも・・・・)


さて、ここで締切を過ぎての応募が・・・・・・
ネームバリューで今回は番外編として掲載


[第5章−番外編]
(人気者、支店長の作品です)

・・・マルコス元大統領が、亡命をしたのだ。テレビ画面では、アナウンサーの女性が喜びに震えながら「私も踊らせて」と涙を拭っている。
日本からのレポーター、安藤優子さんが、興奮の実況中継をしている
「この人達は戦ったのだ、そして勝ったのだ」・・・・・・・・・・・・

プチッ。
ビデオを切るとコチサは、電車の網棚からもらってきた新聞を読み始めた。
このフィリピンの事件は、もう、ずいぶん昔のことに思える。
あれから、20歳になるまでコチサはニーチェスとともにふるさとで過ごした。
すぐにも行きたかった東京であるが、お父さんとお母さんが替わりばんこにぎっくり腰になっちゃって、家を出られなかったのである。

同級生たちは、恋の噂やデートの話で楽しそうだったが口を開けばニーチェス、ニーチェス、のコチサには「外国人の恋人がいるらしい」という評判が立った。
おかげで、この時期のコチサには恋愛も失恋も寄りつかなかった。


さて、やっとの東京である。
91年の春、コチサは東京上陸。
お話はそれから数カ月後のコチサ。
ちょうど、いなかから出てきた女の子が大学1年の夏休み後、羽化したみたいに変身するでしょ?
あんな感じのコチサです。

「女がアルバイトするってのは、男を作ることと同じだ!」
という頑固なお父さんのせいで、コチサはとりあえずは死なない程度の仕送りを受けていた。
しかしコチサは、自分の将来をかけて東京に出てきたのだからいろいろなことをやってみたかった。
英会話は絶対マスターしたいし、もちろん声の仕事につくための勉強もやらなくっちゃ。
そのためにはお金が欲しい。でも、これ以上の支出をいなかの両親に負担させられない。
で、コチサはお父さんには内緒で証券会社にアルバイトの口を見つけた。
(作者註・どうして証券会社でアルバイトできたか、私にはわからん)
もちろん証券レディさんのような花形ではなく、電話番や書類の整理。
マルとかナンピンとか、独特の用語が飛び交うなか、小僧のようにこき使われた。ある時はマルをOKと勘違いして殺されそうにもなった。
そして少しづつ東京の暮らしになれていった。
そう、洋式のトイレはドアのほうを向いて座るってこともわかったし。

そんなある日、お客様への書類を届けに行った帰り道にコチサは新しい都庁の前を通りかかった。
「これが都庁か!ふーん」
ビルの窓ガラスに映る自分の姿を見て、コチサは
「なかなか決まってるじゃん!東京デビュー!」
と、ひとりでポーズを決めたりしていた。

そのときである
「お嬢さん、ハンカチ落ちましたよ」
振り向くと、渋目の紳士がハンカチを手に持ってひらひらさせている。
「えっ・・・、わたしですか?」
「そう。あなたじゃないかなあ、きっと」
「ちがいます、ひとちがいですよ」
(自分のはあんなにきれいじゃないもの)
「そうですか。こりゃあ、失礼・・・しかし、とんだ恥をかいてしまった」
「いいえ」
「でも、きょうはいい日かも知れない。うん、きっとそうだ」
この紳士の語り口にコチサはつい、つられてしまった。
「どうしてそう思うんですか?」
「いえね・・・、このハンカチ、素晴らしいものですよ。そして、あなただ。あなたも素晴らしい」
紳士は、上品にほほえんでコチサの瞳を見つめた。
「お上手ですね」
「とんでもない。僕はおせじは大嫌いだ。ところで、さっき素晴らしいといったこのハンカチなんだけど、ここを見てほら、この角のところに小さくオリーブの葉が刺繍されているでしょ?」
「ふーん」
「このハンカチは、ヨーロッパで有名なTIKOSAというブランドでね。このメーカーはハンカチしか作ってないんだ。100年ほど前、社交界にTIKOSAという伝説的な貴婦人がいて、彼女が好んで使っていたので、いつのまにかハンカチの名前になってしまった。ヨーロッパではこのTIKOSA以外はハンカチとは呼ばない」
「じゃあ、これ以外はなんと・・・」
「ハンケチさ」
「そうだったんですか。でも、あなたはどうしてそんなことを」
「知ってるのか、ですか?僕はあそこのオーナーなんですよ」
と、後ろの大きなビルを指さした。そこにはブティックがたくさん入っている。
「いやあ、つまらない話をしてしまったなあ。ごめんなさいね。じゃあ」

その紳士は帰りかけ、腕時計をちらっと覗くと
「おや、ちょっと時間があいてしまったぞ。うーん、お嬢さんよかったらおいしいパフェでも僕におごらせていただけるかな?ひきとめちゃったお詫びと、それから、あなたにお願いしたいことがある」
「ええ、別にわたし急いでるわけじゃないし」
「よかった!じゃあ、すぐそこだから。実はいま秋のファッションショーにふさわしい素人さんのモデルを捜していてね・・・」
と、一緒に歩きかけた途端、横道からでてきた男二人に行く手をふさがれた。そしてその男たちはとんでもないことを言ったのだった。
「◯◯だな!詐欺容疑で逮捕する!」
紳士の腕に手錠がかかった。
「あなたも一緒に来てください。事情を聞かせてもらいます」
「えーー?」
「ヤツはねえ、詐欺で前科6犯なんだよ。指名手配中だったのだが、まさかこの新宿で白昼堂々仕事してるとは思わなかったよ。ハンカチがどうのこうの言わなかった?アレが手なんだ。特にいなかからでてきたばかりの女の子を狙う。おうちにお金があれば全部むしり取られちゃうし、なければあんた香港あたりへ売られちゃうところだった。被害は?なにもなかった?」
コチサはあまりのショックに頭がぼーっとして、刑事の言葉が理解できなかった。
いなかもの?香港?売られる?詐欺?
ひどいわ!
近くの交番で事情を聞かれ、家出じゃないことを必死に説明して、被害がないのだから両親には連絡しないことをくどいほど確認し、予定より大幅に遅れて会社に帰った。

会社に戻ると、すぐに支店長室へ来るようにとの伝言があった。警察からもう連絡が入っているのかと、ドキドキしながら行くと、なんと!そこには山のようなうどんがコチサの帰りを待っていた。

”讃岐特産”の文字が見える。
イヤな予感がした。ふるさとの海と山と、お父さんの顔が目に浮かぶ。
コチサのお父さんは、よそのおうちをたずねるときは必ず山のようにうどんを持参するのだ。

(まじーい。あれほどお父さんには内緒ってお母さんに頼んだのになあ)
「益田さんは良いお父さんをお持ちだね。さ、そこに座りなさい」
支店長はそう言うと、コチサの向かい側に座ってウンとうなずいてから、
「お父さんには、さきほどまで待ってもらっていたのですが、用事があるそうで、お帰りになりました。私は、若い頃高松の支店にいたことがあってね。お父さんといろいろなお話をさせていただきました。キモ玉焼き、上京するときご家族で食べたんだってね。私もよく食べましたよ・・・話が横道にそれちゃった」
そこで支店長は、ゴホンと咳払いをして、
「あなたのことについては、お父さん、特に何もおっしゃらなかったけれど私にも娘がいるからお父さんの気持ちは痛いほどわかる。ここから先は言わなくてもわかるね?お父さんの宿泊先を聞いておきました。このホテルです。さあ、きょうはもういいからすぐ行ってあげなさい。そして、おいしいものでもごちそうしてもらうといい」

その夜のコチサについては、多くを語るまい。
ただ、いつもよりずーっと口数が少なく、素直だったことは確かだ。
皇居・東京タワー・コチサのマンションなど案内したが、とうぜん、悪夢の新都庁には行かなかった。

「一度コチサの様子を見てきてくれってお母さんから頼まれてなあ。元気そうじゃないか。しかし、アルバイトは感心せんなあ。・・・それから、たまにはお母さんに電話してつか」

コチサは、お父さんと別れてから自分の部屋に帰り、そしていつものように「アナウンサーになるには」の本を開いた。
そこにはこう書いてあった。

「NHK人事部の試験担当者によると、アクセントにひどい癖のある人お国訛りがひどく、直りそうもない人、こういう声の持ち主は、アナウンサーに向いていないということで、最初の適正面談の段階でふり落とされます」


「・・・なんとかなるだろ。讃岐の猿真似だい!」
そして次に、アナウンス学校入学案内のパンフを開いた。
まったく今日は大変な一日だった。
でも、こんなことで負けてなんかいられない。
コチサは、片手を腰につけてドリンク剤を一気に飲むと
日課となっている腹筋運動を始めたのであった。


◆コチサの寸評

お待たせの支店長は、今回締切遅れで番外編の登場!
熱心な支店長ファンがいることだし、特別の配慮じゃ。
次回は締切守ってね。今度こそは「育成作品」にって期待している人がかなりいたのに・・・
それに厳しいことを言わせてもらえば、「支店長、今回はパワー不足です!」
もう支店長は××銀行だけの支店長じゃないのよ、ネット上の多くの定積み予備群の支店長なんだから。
ところで、新都庁が出来たのってコチサが上京した年と重なるのね。なんかコチサはお祝いイベントのMCをした気がするのは夢だったのね。
支店長は、部下に命じて近くの図書館から四国の資料を大量に取り寄せてるという密告があったけど、「キモ玉焼き」はコチサ、知らないわ。