「無風だな」
「ん?何か言ったか?」
相変わらずの絶妙コンビ「社長と山猿コチサ」は、今や「ネタあわせ室」となった「社長室」で渋茶をすすっている。
「無風だなって言ったんだい」
「今日は風、強くないのか?」
「ばかやろー、人生についてだよ」
「お前、ばかやろーって、俺は社長だぞ」
「社長でいて楽しいか?」
「何言ってんだよ?お前も仕事は順調だし、給料もボーナスも人並み以上もらってるし、何か不満があるのか?」
「小さいな。ふん、青二才め」
「おいおい、誰に言ってるんだ?」
山猿コチサは、その特殊なキャラクターとノーマルな発声法で、CMナレーションの仕事は順調に伸びている。
社長の会社経営も順調になり、贅沢な野望を抱かなければ安定した会社と呼ばれるポジションになっている。
「春の暖かさに背中を押される気分じゃわい」
「また、何か悪さを考え出したな、言葉が変だぞ」
「このままいれば安定した人生じゃのう」
「おう、そうだよ、悪いか?」
「それで満足か?」
「何をいいたいんじゃ、お前は?」
「社長の今の夢は会社を安定させ続けることか?」
「そうだ!当然だ!」
「初めて会社を作った時もそれが夢じゃったか?」
山猿コチサの心に漠然と忍び寄る葛藤。
しかし、何がそうさせるのか、どうしたらいいのか、理解し分析する力の無いのが山猿。
相変わらず、社長に喧嘩を売るような口調の相談しか出来ない。
「言われたままをしゃべり続けていいのかのう・・・」
「・・・・・・」
「この前の仕事は、コチサである必要があったのかのう・・・」
「・・・・・・」
「この声はコチサに決めようってどうやって決めるのかのう・・・」
「・・・・・・」
「何かいい匂いがするのう・・・」
「鯛焼きだ、食え」
「あっ、ありがとう」
「・・・・・・」
「で、何を話しとったかのう・・・」
「うまいか?」
「えぇとっても」
長時間考え込むことの出来ないコチサは、腹にくすぶる炎に困惑しながらも、相変わらずのコンビで仕事に出向く。
「コチサさん、今日はこの新人モデルのアテレコお願いします。グラビアで人気が出てきたんだけどまだしゃべれないんですよね」
「了解しました、でこいつに何を話させれば?」
「ファンのみんなにメッセージということで、可愛いイメージで一言決めてください」
「はいわかりました、じゃぁコチサ何かしゃべってみろ」
「変だぞ?」
「ん?またか?」
新人モデルを呼びつけるコチサ。
「あんたは、自分のことをあたしに勝手にしゃべられていいのか?」
「へっ?」
「あんたはどこなんじゃ?あんたのあんたは無いのか?」
「へっ?マネージャー、なんかこの人、変。助けて!」
慌てて仲裁に入る、マネージャーと社長。
なんとか無事に仕事をこなして事務所に戻る社長と山猿。
「社長、考えないといかんな」
「何をだ?」
「器だよ」
「へっ?」
「革命だよ」
「お前、また何か始まったか、大丈夫か?」
「この器にいつまでも渋茶を入れていいのかのぉ」
「・・・・・」
「声の革命を起こす可能性をもったこの器には、ゴールデン・スペシャル・カプチーノとか画期的な飲み物を入れてやりたいのぉ」
「誰もそんな得体の知れないもん、飲みたくないぞ」
「そうかのぉ・・・」
「お前、一人前に悩んでるのか?」
「解るか?」
「少し、太ったぞ」
もう少し、コチサに論理的にものを考える力があったら、自分の苦悩を理解できたろうに・・。
本能で感じることしか出来ない原始的な生き物「山猿コチサ」は悩んでることさえ気づかない悶々とした日常を感じるだけしかできない・・・・
「お前、社長になれ!」
「へっ?」
「益田沙稚子社長になれ!」
「社長は辞めるのか?負け犬になるのか?」
「何で俺が負け犬なんだ、お前、フリーになって独立しろって言ってるんだ」
「ふ〜ん」
「ひとごとじゃない、ちゃんと聞け」
「・・・・・」
「取り合えず、お前を苦しめてるこの枠組みから出て見ろ」
「???」
「心配ない、生活の面倒くらい適当な項目を付けて出してやる」
「?????」
「しがらみを気にせず、好きなことをやってみろ。もしかしたらゴールデン・スペシャル・カプチーノってわけわかんないもんが誕生するかもしれんしな」
「社長・・・・」
「いいな、明日から自由だ」
「社長・・・・」
「もういい、頑張ってみろ」
「やだ!」
「へっ?」
「何か、体のいいクビのような気がする」
「お前、俺の好意が・・・・・・」
「オフイス・コチサ」はコチサの事務所兼遊び場として誕生した。
既存の受注仕事と別に、コチサが荒唐無稽な可能性を追求するために好き勝手なことをする「山猿オフィス」である。
事務所には、タンバリンがある、ヨーヨーがある、起きあがりこぼしがある、リカちゃんハウスがある、巨大積み木がある、滑り台がある、そして山猿がいる・・・・
「おはよう!」
「あぁ元社長か、おはよう」
「元じゃない!いまでも、お前の所属事務所の社長だ!」
「ふ〜ん」
「そんな興味ない態度をとるな」
「で、な〜に?」
「な〜にじゃない、何やってるんだ、滑り台の上で?」
「ん?見て解るでしょ、アイスクリーム食べてんじゃん」
「仕事は?」
「無い!」
「営業は?」
「元社長してきてちょ」
「事務所の家賃も払えんぞ!」
「あぁ請求書、そっちに回すようにしたから」
「アイスクリーム代もか?」
「ううん、これはコチサのお小遣いだよ」
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