リーン、リーン。遠くで電話のベルが鳴っている。
「もしもし益田でございますが。」母の声だ。
「もしもし、その話しだったらもう断わったはずだ!」父の声だ。
ガシャンと受話器を叩き付ける音がした。
「また土地を売れとだと。ゴルフ場を作るんだとさ。ばかばかしい」また、父の声だ。
「絶対にあの美しい土地は売らん。たとえうちだけが最後になってもじゃ!」
コチサは「何か怒っているみたいだ」と微睡みの中から引き起こされた。
今日コチサは、風邪で熱を出してしまい学校を休んで、自宅で寝ていたのである。
2日後に学校に登校すると、コチサの横に見慣れない男の子が座っていた。まだ彼の周りはよそよそしく、溶け込んでない様子から察するとどうやら転校生らしかった。
友達に「おはよー」と挨拶したあとさっそくクラスメートの真由美に
「あの子転校生?」
って聞くと真由美は、
「そうだ」
と言いなんでも大都市からの転校生でいまいち馴染めないそうだ。
「ふ〜ん」
と思い自分の席に座るとその転校生が、
「あのー初めまして。昨日、転校してきた、阿部といいます。よろしく」
「あぁ〜はい。私は益田です。よろしく」
とそっけなく挨拶すると、阿部は
「あっ屁理屈コチサですね。話しは周りの人から聞きました。」
と、ニヤっと笑うと、それがコチサは気にさわったのと、初対面の人間になんて失礼な奴と思い、
「いいえ。どういたしまして」
と返事をした後は、その日の授業中はほとんど口をきかなかった。
授業も終わりさて部活だ部活だと、吹奏楽部へ行くと何とあの転校生の阿部がいるではないか。
「ゲッ!。まぁフルートの練習に熱中してればいいか」とほとんど彼を無視状態で、練習を始めると、顧問の先生が
「益田。おまえ阿部と同じクラスだって。ちょうどいい、彼もフルートだ。面倒みてやってくれ。んじゃ頼んだ」
と一方的に押し付けられ、そうコチサには厄介ものを押し付けられた感じで、
「何でぇ」
と言う前に先生はとっとと居なくなってしまった。家では長女でもあるコチサは面倒みがいいので、ついついしょうがなく阿部の面倒をみることにした。その日は無事部活も終わり、さて帰ろうとバスに乗ると阿部も同じバスに乗り込んできた。
「ウゲゲ」
と心の中で舌うちをしたところコチサのところに来て阿部は
「座っていい?」
と聞いてきたが帰りのバスも一緒とはやだなぁと思いながら、断わる理由もなく彼を隣に座らせた。
とにかく会話もあまりしたくないので、適当に話しを流しながら帰宅したのが彼と会ってからの第一日目であった。
このような感じで、毎日毎日、毎週毎週、続けていくと少しずつではあるが変化が現われてきた。
まずは、阿部のフルートの技術が向上してきた。
とにかく彼は、コチサの言うことをよく聞き、コチサの無理な要求にもそれに答えようとする。
そのひた向きな努力が、コチサに少しずつ好感を与えた。
そんなある日、阿部は風邪で学校を2日くらい休んだのだが、会ったばかりなら全然何とも思わなかったのだか、なぜか今は彼のことが心配になった。彼が登校してくると前とは違い、何か安心してしまうのと同時にドキドキするようにもなった。
とにかくこんな感じは、まだ人生経験の浅いコチサは戸惑ってしまい、どうしようもなく母親に相談した。
「ねぇ、相談が・・・・・」
と、言うやいなや母は、
「あなたは恋をしてるんじゃないの?」
「えっ!何いきなり。まだなにも言ってないのに。それに誰を好きになるわけ。」
「誰だかしらないわ。でもねコチサは好きな人がいるのよ。最近なんだかぼーっとしてるし、食事の量も減ったし。コチサを見れば判るわ。だってあなたの母親よ。たぶん、最近今まで経験したことがない感じなんでしょ。それを聞きたかったんでしょ?もぉょっと自分に素直になってみなさい」
と優しく笑いながら母親が言った。
さすがにコチサも母親の言葉には素直になり、この晩は思いを巡らして寝床についた。
翌日いつものように彼に会ったが、昨日の母の言葉によりコチサは彼をとても意識するようになり、確かに彼を好きになっているんだと思った。
そう、彼の動作を少しでも逃さなように見つめ、彼を言葉を一語一句逃さないように聞き入って、彼の息づかいを体中感じて、もぉ彼がそこにいるだけでいいと思った。
この日から2人の仲は急速に深まり、デートはもっぱら帰りのバスの中でお喋りをすることであった。
そんなある日、夏休みも後数日に迫ったころ、コチサは何とか夏休み前に休み中にも彼とデートする約束をした。
そして夏休み、8月の町内会主催の盆踊り行く待ち合わせ時間を連絡をしようと思い阿部宅に電話しようと思いダイヤルを廻している途中ちょっとびっくりさせようと、コチサ得意の声帯模写で真由美をかたって電話した。
「もしもし阿部さんのお宅でしょうか?」
「おぉ真由美。俺だよ。」
このとき、コチサは
「えっ?」
と思いながら喋ろうと思ったら阿部の方から
「どうしたの?電話してきて。これから親と出かけるからまた明日電話しくれ。じゃなぁ」
と言い残すと阿部は電話を切ってしまった。
「今のは何なの?」
とコチサの小さな心は、夕立ちがくような真っ黒な雲に覆われてきた。
とにかく、本人に確かめなければと思い翌日、デートの待ち合わせの時間を決める電話をしたら、阿部は何事もなかったようにコチサと話した。
町内会の盆踊りの当日は、天気はまさに真夏日であったが。遠くに積乱雲がもくもくと成長していた。
それは、今のコチサの阿部に対する気持ちと一緒で、今日は阿部とあってもいまいち楽しめなかった。ここであれこれ思ってもしょうがないから思いきって阿部に尋ねることにした。
「ねぇ。阿部君。コチサが電話した、前の日に女の子から電話がなかった?」
と、阿部の表情の変化を少しでも逃さないようにみつめて言った。
「えっ?電話。ん〜〜覚えいないなぁ」
「真由美って名乗る前に、阿部君は誰からかかってきたかわかった電話よ」
と強く言うと、さすがに阿部はびっくりし、
「あっ!えっ!ああれ!いやその〜」
「どうゆこと?真由美と付き合ってるの?」
「えっえぇまぁ。うん。」
とコチサの気迫に阿部は負けてしまい白状してしまったのだ。この言葉を聞いたコチサは覚悟はしていたが、衝撃は強く小さい心を砕くには十分であった。さらに追いうちをかけるように阿部は
「だって、親に言われて・・・・・。コチサに接近し我がものにしてから、コチサの親にあの周辺の土地を売ってもらうように説得させろって・・・・・そこにゴルフ場を作るんだって・・・・・だらかしょうがなく・・・・・」
阿部は蚊が泣くような声で、言い訳を言い始めた。もぉコチサの頭は混乱していたが、とにかくはっきりしていることは、コチサは利用されるとこであったということだった。
阿部の言葉を最後に、互い喋らなくなり沈黙が続いた。この間にコチサは冷静を取り戻してくると、この永遠に続くと思われる沈黙を破った。
「この人間のクズ!」
今のコチサにはこの言葉を言うのが精一杯であった。好きな人に裏切られたのと、こんな奴を好きになってしまった自分自身の馬鹿さかげんが情けなかったのと・・・・・とにかく初恋がこんな形で終わるのとても悲しかったである。
吐き捨てるように言ってから、コチサは家に帰るため、阿部に背を向けて早足で歩きした。
とにかくこんな奴から離れたい一心で・・・・・
こんなコチサ背に阿部は声をかけたが、この声はコチサに届く前に周りの盆踊りの賑やかな声に捕まりコチサは届かなかった。
コチサは歩きながら心に誓った、
「絶対にあの美しい土地は売らん。たとえうちだけが最後になってもじゃ!」
昼間は遠くにいた積乱雲が空を被い始め、辺りは暗くなったと思うとぽつりぽつりと雨が降り出して、それが少しづ間隔が早まってきてとうとうどしゃぶりとなってしまった。
この雨は容赦なくコチサの上にも降ってきた。
雨に紛らしコチサは涙を流した。
悔しさと実らなかった初恋に。雨の中をコチサは泣きながら神に祈った。
あー神様もっともっと雨を降らして下さい。私の泣き声が聞こえなくなるように。
あー神様もっともっと雨を降らして下さい。私の涙が雨になってしまうように。
あー神様もっともっと雨を降らして下さい。彼の記憶が雨と一緒に流れるように。
あー神様もっともっと・・・・・
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