No.753 「帰省」 2011.11.2
 お母さん
 「もしもしサチコ、あのな・・・良かったら、近いうちに帰って来て、おばあちゃんを見守ってやりぃ」

 コチサ
 「・・・」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 羽田空港へ
 「羽田空港へ」

 ここ数年、言い続けてきたコチサの夢。

 それは、現在、関東近郊の特別養護老人ホームなどで公演させていただいているコチサの一人芝居「おはなしピエロ」公演を、おばあちゃんに見てもらうということ・・・

 どの公演でも、同じ事を言い続けて、いつしか言うだけコチサになっていました・・・

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 コチサ
 「もしもし、特別養護老人ホーム満濃荘さんですか?・・・私、コチサと申します・・・実は、おばあちゃんがそちらでお世話になっていて、私の夢は・・・ですから。こちらでの活動を是非そちらでやらせていただきたいのですが・・・」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 羽田空港・展望デッキにて
 「羽田空港・展望デッキにて」

 一気に喋り捲ったコチサは、電話を置いて思いました。

 「こんなに簡単に、願いは叶うんだ。何故、もっと早く動かなかったんだろう・・・」

 コチサは、切羽詰まらないと、何もしないダメ人間の典型だぁ・・・

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 そして・・・

 ついにその日がやって着ました。

 高松空港
 「高松空港」

 何度も何度も帰った故郷「高松空港」ですが、今回は、気分が違います。

 秋晴れの空のような気分で戻りたかったのですが、お母さんの電話の後の訪問ということが、一点の雲のように気持ちに陰りを作ります。

 迎えに来てくれた、お父さんやお母さんの車に乗り込み、おばあちゃんのいる特別養護老人ホームに向かいます。

 電話で一気にまくし立てただけなのに、快く公演を許可してくれた満濃荘さんは、現場でもコチサをVIP待遇してくれて、楽屋からお茶菓子まで用意して待っていてくれました。

 満濃荘内・集会ホール
 「満濃荘内・集会ホール」

 満濃荘内・楽屋
 「満濃荘内・楽屋」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 コチサ
 「先に・・・おばあちゃんに、会わせてもらえますか?」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 おばあちゃん・・・
 「おばあちゃん・・・」

 そこには、見たこともない人がいました。

 骨と皮だけになって、ただただ遠くを見つめる一人の女性・・・

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 実家の窓から・・・
 「実家の窓から・・・」

 かつて、コチサが子供の頃、この母方のおばあちゃんの家に遊びに行くのが楽しみでした。

 お泊りをした朝・・・

 おばあちゃんは、コチサが大好きな卵かけご飯を出してくれます。

 この頃から、すでにこずるさを身に付けていたコチサは、

 コチサ
 「おばあちゃん、ウチでは、卵を二つやで。それも白身は捨てるんやで。黄身を二つかけて食べるんや」

 おばあちゃん
 「そうかいそうかい。おばあちゃん、気づかなんで悪かったな。はい卵、もうひとつ」

 そういって鶏小屋からもうひとつの卵を持ってきてくれました。

 卵の黄身二つの卵かけご飯・・・ずーとコチサが食べたいと思っていたものでした。

 自分の家で、そんな事をしようものなら、お父さんにどんなに怒られることでしょう。

 コチサは、我がもの顔で、卵を二つかけた大盛のご飯をパクつきます。

 コチサ
 「おばあちゃん、おいしいで。ありがとう」

 おばあちゃん
 「よぉけ食べて、大きくなるんやで」

 コチサ
 「うん!」

 こづるく嘘をついたことなど、へのかっぱで、頬張っているコチサが、ふと横を見ると、おばあちゃんは、目玉が二つとも無い「目玉焼き」を食べていました。

 コチサ
 「おばあちゃん・・・ごめんなさい・・・サチコ、嘘をついたの・・・」

 おばあちゃん
 「ええんや、ええんや。たまにおばあちゃんの家にお泊りに来てくれたんや。そのくらい贅沢をせんとな。それにおばあちゃんは、コレステ・・・なんとかいうもんがあるから、卵は白身だけの方がええんや」

 コチサ
 「おばあちゃん、大好き!」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 今、目の前にいる女性が、あのおばあちゃん・・・

 そういえば、お母さんが電話で、

 「おばあちゃんは、もう誰もわからんようになってるけど、お前も、おばあちゃんを見てもわからんと思うわ」

 そう言っていたけど・・・

 コチサ
 「おばあちゃん、こんにちは。サチコだよ。サ・チ・コ。今日は、おばあちゃんに、お芝居を見てもらいたくて来たんだよ。おばあちゃん、見てくれるよね」

 抱き寄せる肩は、もろくて壊れそうで・・・

 重ね合わせる手の平は、小さくて細すぎて骨ばかりで・・・

 そして、寄せ合う頬には、深く深く刻まれた皺が涙さえ吸い取っていくようです・・・

 コチサ
 「おばあちゃん・・・サチコだよ、サ・チ・コ」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 介護職員さんの手によって車椅子に乗せられたおばあちゃんは、コチサに手を握られながら、コチサの演じるステージホールへ移動されていきます。

 職員さん
 「おばあちゃんは、10分くらいしか起きてないので、すぐ眠っちゃうと思いますけど・・・」

 コチサ
 「その時は、車椅子を倒して、楽に寝かせてあげて下さい。もしくは、ベッドに戻してあげて下さい」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 そして、開演。

 間もなく開演です
 「まもなく開演です」

 コチサ・ご挨拶
 「コチサ、ご挨拶」

 おばあちゃんに声は届いてるかな・・・
 「おばあちゃんに声は届いてるかな・・・」

 目の前がコチサのおばあちゃん
 「目の前がコチサのおばあちゃん」

 満濃荘の職員さん達のおかげで、たくさんの人たちが集まって下さいました。

 これがコチサのやりたかった事だ。

 おばあちゃんの前で、お年寄りたちが元気になるお話を演じる。

 そして、これまでだって、たくさんのお年寄りの方々から喜ばれ、記憶を蘇らせてくれた人だっているんだ。

 おばあちゃんだって、今だけは、今この時だけは、あの日の元気なおばあちゃんの記憶が蘇るはず。

 絶対にそうさせてみせる!

 お芝居のはじまり・・・
 「お芝居のはじまり・・・」

 声を出して・・・
 「声を出して・・・」

 歌をうたって・・・
 「歌をうたって・・・」

 45分間が終わりました
 「45分間が終わりました」

 コチサは、きっと、鬼の形相だったのでしょう。

 ホールに集まったお年寄りたちからは、すすり泣きが漏れ、歌のシーンでは、自然に合唱が沸き起こります。

 コチサは、一番前の席に陣取るおばあちゃんを片時も見失うことなく、呼吸も忘れた気持ちで、お話を演じました。

 あっという間の、四十五分間でした。

 全てのお年寄りが、集中を切らすことなく、一緒にこの四十五分を過ごしてくれました。

 皆さんが見つめてくれました
 「皆さんが見つめてくれました」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 こんな事は、かつてなかったことです。

 どこの特養施設でも、途中、歩き出したり、トイレに行ったり、眠ちゃったりする人が現れるものなのに・・・

 そして、何より嬉しかったのは、この四十五分の間、おばあちゃんは、眠ることなく、ずーとコチサの動きを目で追い続けていてくれたことです。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 終わったあと、たくさんのお年寄りが、自分の体験を語りかけてくれます。

 「あんた、この活動をずっと続けていってよ」

 温かい言葉をいただきました
 「温かい言葉をいただきました」

 「わしは、今日は、ほんまにえぇ一日やった」

 泣きながら話してくれました
 「泣きながら話してくれました」

 「今度は、いつきてくれるん?」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 そして、おばあちゃん・・・

 おばあちゃん、一度も寝ないで、ずっと見てくれました
 「おばあちゃん、一度も寝ないで、ずっと見てくれました」

 コチサ
 「おばあちゃん。最後まで聞いてくれてありがとう。
  おばあちゃん。あ・り・が・と・う。
  それと、卵の黄身、ふたつくれてあ・り・が・と・う
  おばあちゃんに、目玉のない目玉焼きを
  食べさせてしまって、ご・め・ん・な・さ・い」

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 でも・・・

 でも・・・

 こずるいし、ずる賢いけど、こういうとき調子の良い嘘がつけないコチサは、

 「また会おうね」

 という調子の良い言葉は出てきません。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 おばあちゃの手、ちっちゃくなってた・・・
 「おばあちゃの手、ちっちゃくなってた・・・」

 ただコチサには、確信があります。

 終始とろーんとしていたおばあちゃんの目だけど、その瞳が確実にコチサを捉えた瞬間があった。

 あばあちゃんの、もしかしたら最期の記憶に、あの子ども時代のコチサと共に、成長した今のコチサも刻まれた。

 絶対に間違いない。

 そう思っています。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 讃岐の秋の夕焼け
 「讃岐の秋の夕焼け」

 久々に、全精力を使い果たしたコチサは、その後三日間、実家でひたすら寝て過ごし、お父さんやお母さんに粗大ゴミ扱いをされながらも、本来のナマケモノとしての使命を全うしました。

 楽しかった子どもの頃の記憶・・・

 永遠に残っているのに・・・

 その時には、決して戻れない・・・

 当たり前すぎて、忘れがちな事実。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 「夢叶えども、中くらいなり、コチサ秋」

 大好きなおばあちゃん
 「大好きなおばあちゃん」

前のニュースへ                          次のニュースへ