No.624 「もつ鍋、ヤジロベー」 2006.11.10
 六本木のメインストリートでもある六本木通りは・・・

 六本木のメインストリートでもある六本木通りは、昼夜問わずに、側道のお店への呼び込みで賑わいます。

 大通りに面しているお店はわかりやすいけど、一歩横道に入ったお店は、なかなか足を運んでくれません。

 だから、各々のお店が、店名を連呼しながら、大通りまで出張ってくるのです。

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 カレー屋のインド人のお兄さんは・・・

 カレー屋のインド人のお兄さんは、いつも黒のスーツでビシッと決めて、笑顔で流暢な日本語を操ります。

 「ホンモノ、インドカレー専門店デス、
  ドウゾイラッシャイマセ〜」

 伝統の純米酒を、洋風でおしゃれなバーで飲ませることがウリの「純米バー」は、内容よりもそのコンセプトをうたって呼び込みます。

 「純米バー、いかがっすか?
  純米バー、日本初の純米バーです!」

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 ひときわ際立つ女性の声がありました

 そんな様々な声が交錯する通りの中で、ひときわ際立つ女性の声がありました。

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、」

 ただひたすら「もつ鍋、ヤジロベー」を連呼し、チラシを配ります。

 この女性、まだ21,2歳くらいの元気で素朴な女の子ですが、声がすごいんです。

 コチサもかなわないくらいな、深く大きな腹式呼吸なのです。

 体格も結構あるので、体全体が共鳴板のようになって、響く響く・・・^-^;

 本人は普通に喋っているし、決して大きい声ではないのですが、耳の奥まで確実に伝わるのです。

 彼女は、雨の日も風の日も、毎日毎日、欠かさず同じ場所にたって

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー」

 とアナウンスし続けていました。

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 通行人1
 「もつ鍋、ヤジロベーってなんだろう?」

 通行人2
 「私も、ここ通る度に気になってた・・・」

 通行人1
 「一度、行ってみようか」

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 そうやって・・・

 そうやって、そのヤジロベーの女性に近づいていく人たちを見たのは一度や二度ではありません。

 コチサ
 「このお店、この彼女のおかげで、絶対に売り上げが伸びているはず(^o^)」

 真っ赤なヤジロベーのTシャツと、ごく普通の黒いパンツ。

 この通りでは、地味で目立たない服装です。

 でも、休むことなく発する 、

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー」

 の声は、いつしかこの通りの中で、確実に存在感を増してきました。

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 春にはじまったその声は、夏を向かえ、衣装もそのままに秋も続きました。

 さすがに冬は、上にベンチウォーマーコートを羽織っていましたが、

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー」

 の声の響きは、寒空の下でも衰える事はありませんでした。

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 彼女は・・・

 彼女は、六本木通りを流して通る通行人たちの耳を引きとめ、たくさんのお客さんを「もつ鍋、ヤジロベー」に案内しました。

 そして同時に、同じ通りに店舗を構える人や、呼び込みに出てくる人たちにもとても人気ものになりました。

 「元気で素朴、いつも笑顔で頑張っている、
  ほっぺたの赤い女の子」

 は、六本木という街では新鮮で、懐かしく受け入れられたようです。

 寒い日はあったかい缶コーヒーが、夏場は冷たい生ジュースが差し入れられたりしていました。

 コチサはコチサで、

 「この声と腹式呼吸はこのままにしておくのは惜しい。なんとか【外郎売】を覚えさせてコチサ2世にしたいものだ^-^;」

 などと思っていました^-^;

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 枯葉の季節が2度ほど通り過ぎた頃・・・

 枯葉の季節が2度ほど通り過ぎた頃、

 「そういえば、もつ鍋、ヤジロベーの声、最近は聞かないな」

 と気がつきました。

 彼女の姿は見かけるのに、声が聞こえないのです。

 以前は、姿より先に声が飛び込んできたものでした。

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 2年の歳月は・・・

 2年の歳月は、この街で彼女をすっかり人気者にしていました。

 コチサが事務所からの帰り道で見かける彼女は、いつもの呼び込みの定位置ではなくなりました。

 ある時は、「コンビニ」の前の喫煙所で喫煙中だったり、

 ある時は、インドカレー専門店のお兄さんと話し込んでいたり、

 ある時は、純米バーの呼び込みの女の子と、仕事そっちのけで大声で笑っていたり、

 ・・・相変わらずの満面の笑顔と、響く声はそのままですが、

 「もつ鍋、ヤジロベー」

 の声だけがありません。

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 化粧っけのなかった彼女の顔は、くっきりはっきりしたメークで彩られ、

 ポッチャリしていた体型は、確実にシェイプアップされていました。

 赤のヤジロベーTシャツはそのままですが、派手めのジャケットを羽織り、ペンダントやブレスレットの輝きが、薄茶けたヤジロベーの目を照らします。

 同じ通りに店舗を構える人や、呼び込みに出てくる人たちとすっかり親しい関係を築き、誰からも人気者になった彼女は楽しそうです。

 外見も

 「元気で素朴、いつも笑顔で頑張っている、
  ほっぺたの赤い女の子」

 から、

 「六本木によくいる、
  おしゃれとファッションが大好きな女の子」

 へと変貌を遂げました。

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 でも、彼女の声が聞こえません。

 六本木通りを流して通る通行人たちの耳を引きとめ、たくさんのお客さんを「もつ鍋、ヤジロベー」に案内するという本来の役目を果たせなくなってしまっている気がしました。

 六本木通りを流して通る通行人たちにとって、もはや彼女の姿は、街に違和感なく溶け込んだ景色になってしまっています。

 見過ごしてしまう存在になってしまいました。

 彼女の響く声は、今では大きな笑い声だけで、すっかりくつろいでいます。

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 秋の深まりが感じられないまま立冬を迎えたその日・・・

 秋の深まりが感じられないまま立冬を迎えたその日、肌寒さを感じ背を丸めて家路に急いだコチサに

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、」

 の声が聞こえました。

 コチサ
 「おっ、久しぶり^-^」

 真っ赤なヤジロベーTシャツをぴちぴちに着込んだ大きな背中が見えます。

 この寒さにTシャツ一枚は辛いだろうに、また頑張ってるんだね^-^;

 通り過ぎて振り向くと、そこには別の女の子がいました。

 新しい

 「元気で素朴、いつも笑顔で頑張っている、
  ほっぺたの赤い女の子」

 です。

 コチサ
 「こんばんはぁ(^o^)」

 コチサが声をかけると、新しい女の子は対応に困ったように、目を逸らし、

 「もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、
  もつ鍋、ヤジロベー、もつ鍋、ヤジロベー、」

 と叫び続けました。

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 彼女は旅立ったんだね・・・

 彼女は旅立ったんだね。

 都会の絵の具に染まって、新しいステップへ。

 そしてまた、真っ白な木綿のハンカチーフがやってきたんだ(^o^)

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 木綿のハンカチーフ
 恋人よ僕は旅立つ
 東へと向かう列車で
 はなやいだ街で君への贈りもの
 探す探すつもりだ
 いいえあなた
 私は欲しいものはないのよ
 ただ都会の絵の具に
 染まらないで帰って
 染まらないで帰って


 ♪木綿のハンカチーフ
 松本 隆 作詞 筒美京平 作曲


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 なんだかだんだん・・・

 コチサは香川の山奥から東京に出てきて、いきなりこの街に来たわけじゃないけど、なんだかだんだんこの街が好きになってきている自分に気がつきました。

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