「緑のおばさん」は、かつて香川の山奥にもいました。
通学路はほとんど山道、車が来たとしても、ゆっくりゆっくり走ってくる様子が遠くから見極められるので、子どもたちを交通事故から守る「緑のおばさん」は、まず必要のない地域でした。
でもコチサが小学生のある日、「緑のおばさん」が登場したのです(^o^)
(他の地域との兼ね合いとか、行政指導とか、予算の問題とか・・・きっといろいろ複雑な事情があったのでしょう)
「緑のおばさん」の登場に、なんでも珍しいもの好きの子どもたちは、大喜びでした。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
チカちゃん
「コチサ見たぁ?緑のおばさん。今日から毎日いるらしいで(^o^)」
コチサ
「ううん、見てない」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
コチサはクラスの中で、一番の山奥に住んでいるので、バス通学でした。
バスの本数が少ないので、始業時間に間に合わせる為には、一時間近くも早く学校の前についてしまうバスしかありませんでした。
そしてその時間は、まだ緑のおばさんの就業時間の前だったようです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
チカちゃん
「緑のおばさんなぁ・・・大西のおばちゃんやったで」
コチサ
「えー!」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
大西というのは、学校の近くの「なんでも屋」さんで、文房具から駄菓子、台所用品、日用雑貨などが、めちゃくちゃに置かれて売られているお店でした。
大西のおばちゃんは、その「なんでも屋」さんを切り盛りしている、元気いっぱい脂肪いっぱいの明るいおばちゃんでした^-^;
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
コチサ
「ほんとぉ〜?」
チカちゃん
「うん・・・たぶん・・・」
問い詰めていくと、どうもチカちゃんの歯切れが悪い・・・
チカちゃん
「だって、顔も体もそっくりだもん・・・でも・・・」
コチサ
「でも?」
チカちゃん
「なんか感じが違う・・・気もする・・・」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「これは真相を確かめなくてはいけない」
翌日コチサは、いつもの一番バスで「学校前」に到着すると、そのまま学校に入らずに、唯一の横断歩道がある正門前が見渡せる山陰に隠れました。
緑のおばさんの仕事場所は、学校のまん前、正門と「大西」を繋いでいる横断歩道です。
陣を張ること20分・・・
「大西」の店のとびらが「ガラガラ」と開きました。
黄緑色の制服に、帽子、首には黄色のスカーフを締め込み^-^;
・・・そして手には大きな黄色い旗
・・・もう一方の手には、何故かペンキの一斗缶を抱えた女性が出てきました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
コチサ
「大西のおばちゃんだ・・・でもいつものおばちゃんと様子が違う・・・」
大西のおばちゃんといえば、大柄でまんまる、大きな白い割烹着を着こみ、店の前に出て大笑いすれば、学校中に聞こえてしまうという、元気いっぱいのおばちゃんです。
そのおばちゃんが、窮屈そうな制服で全身をボンレスハムのように縛られ、タイトスカートはまるで足かせのように絡みつき・・・なんかとても悲しそうな様子で出てきたのです。
コチサ
「うん、これは確かにチカちゃんが言うのもムリはない。大西のおばちゃんなんだけど、大西のおばちゃんではない・・・」
おばちゃんは、いつもの元気はどこへやら、子どもたちに引きつった笑いを浮かべて、車の通らない横断歩道に向けて黄色い横断旗を掲げていました・・・
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
2ヵ月後・・・
「こらぁ・・・遅刻じゃないの。もっと早く起きなあかんでぇ!!!」
「あんたは、今週もう3回目やないの。今日からはうちの店で駄菓子は売らんで!!!」
授業が始まる前のざわざわした教室に、大西のおばちゃんの声が届いてきます。
チカちゃん
「おばちゃんまた怒ってるで・・・あれケンイチやね」
コチサ
「しょうがないよ、一週間に3回もチコクするケンイチが悪いんだから」
チカちゃん
「職員室まで聞こえてるね^-^;」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
窓から外を覗くと、正門前で黄色の横断旗を振り回している大西のおばちゃんが見えます。
この周辺ではすっかり有名になった光景です^-^;
おばちゃんは、すっかりへこんだ一斗缶の上に立ち、さながら高校野球の応援団のように旗をなびかせています。
最初の頃とすっかり変わった光景ですが、この元気こそ、コチサたちの知っている大西のおばちゃんです。
もう一つ変わったことといえば、おばちゃんは横断旗こそ持っていますが、上から支給されたのはそれだけ、もう制服は着ていません。
トレードマークの白い大きな割烹着姿です(^o^)
支給された制服については、
「一回旗を振って手を上げたら、破れちゃってそれっきりさ」
と高笑いです。
帽子も被っていません、スカーフも巻いていません・・・
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
大西のおばちゃん
「最初の一週間はさ、役所の人が見にきてたんよ。おばちゃんさ、あがっちゃってさ。借りてきたネコみたいなもんよ。ほらこの町の人間って、みんな内弁慶やろ^-^;」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
役所のチェック部隊が消えてからというもの、おばちゃんは「水を得た魚」のように生き生きと輝きだしました。
まるで「緑のおばさん」が天職だったかのように・・・
自分の町が大好きで、そこに暮す人が大好きで・・・
でも「偉い人」や「上からのお知らせ」が来ると、とたんに緊張してしまう。
そこには、真面目で朴訥で、でしゃばらず戦わず、大きな欲より小さな幸せを満喫する、コチサの町の人たち特有の生き方があります。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
数十年が経ったある日、偶然出会ったお正月・・・
大西のおばちゃん
「あんたも、私と同じ内弁慶やろ。東京に出て、いつも緊張して手足縮こまってるんやないかと心配してたんやで」
コチサ
「そんなぁ・・・コチサはどこへ出ても「臆せず怯まず動じず」です^-^;」
大西のおばちゃん
「嘘ついたらあかん。この町の人間はみんな内弁慶なんや。それは仕方のない事や。ちゃんとそれを認めてやっていかんとあかんで。自分に嘘ついて生きてると弁慶さんそのものが逃げていってしまうで」
コチサ
「・・・」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
実は・・・コチサは、
舞台に立つ前には、とても緊張します。
何度経験してもそれは変わりません。
でも、最近は「緊張」していないフリはしません。
この緊張感が・・・
逃げ出したくなる緊張感が、本当に大好きだからです。
それは、コチサの故郷の証だし、何よりコチサ自身がこの緊張感を味わいたい為にこの仕事をしていることを自覚しているからです(^o^)
大西のおばちゃんは、あの町で「緑のおばさん」制度が廃止されたあとも、勝手に「緑のおばちゃん」を10年ほど務め、「なんでもや大西」閉店と同時に旗を降ろしました。
大西のおばちゃんが辞めた後でも、コチサの母校には「内弁慶」の人間だけが聞くことが出来る、緑のおばさんの声が聞こえているはずです。