No.515 「いつもの風景と当たり前の光景」 2005.5.30
 ガードマン

 以前に、ご挨拶のボイスでもお話した、元気な挨拶の青年のお話です。

 六本木の駅からコチサの事務所への通り道が、六本木再開発の大規模事業で道路が封鎖されてから、早1年が経ちました。

 工事開始当初から、要所要所のポイントにはガードマンが立ち、交通規制と住民へのご不便のお詫びを繰り返していました。

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 その中でひときわ目に付いた青年・・・二十歳前後の小柄な若者です・・・は、他のガードマンたちが、

 「おはようございます!」
 「お疲れ様でした!」

 と、マニュアル通りの挨拶をする中で、

 「おはようございます、
  今日も元気に頑張りましょう!」
 「お疲れ様でした、
  また明日も元気にお会いしましょう!」

 などと、思わずこっちを良い気持ちにさせる、元気のこもった力のある挨拶をしてくれるガードマンでした。

 人間というのは不思議なものです。

 元気に挨拶をされると、負けずと元気に挨拶を返したくなるものです。

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 ガードマンの青年
 「おはようございます、今日も元気に頑張りましょう!」

 コチサ
 「おはようございます、お互い良い一日になるよう元気に過ごしましょうね」

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 などと、コチサだけではなく、青年のまわりでは、通勤途中の人々が足を止めて挨拶を交わす光景が見られるようになりました。

 コチサは、毎朝その青年に会うのが楽しくなりました。

 青年の元気いっぱいな声とポジティブな言葉を聞くと、その日一日が楽しく仕事が出来る気がしました。

 ローテーションで、青年がその場にいないときに通りかかってしまった時などは、一日が無駄になったような、そんな寂しい気持ちにもなりました。

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 コチサが遅い昼食に外に出た時のことです。

 コチサの前方を、あのガードマンの青年が歩いていました。

 制服の上に軽く上着を羽織って、勤務時間外を強調して歩いていますが、後姿でも元気な歩きっぷりはすぐわかります。

 どうやら青年もお昼休みのようです。

 青年は、食堂に入らずに公園に入って行きました。

 そこには・・・

 小柄な青年を待ちわびていたような、もっと小柄な女性が待っていました。

 彼女のようです。

 わざわざ青年の休み時間に合わせて待ち合わせをしていたようです。

 コチサ
 「おっ、やるじゃん^-^;、いいねぇ若いって^-^;」

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 コチサは、近場の和定食「おはち」で、ワンコイン定食をつつきながらなんとも微笑ましい気分になりました。

 帰り道、公園では、ベンチで彼女の手作りのお弁当をつついている青年の姿がありました。

 コチサ
 「もしかして、元気の源はこれだったのかね^-^;」

 すっかりオヤジ化しているコチサです^-^;

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 そして・・・

 更地だった再開発現場に、ぽつぽつと建設中の背の高い建物が見られるようになった頃・・・

 季節は、ひとめぐりをしようとしていました。

 その頃からコチサは気がつきはじめました。

 あの青年の声に元気が無くなってきていることを・・・

 挨拶の言葉も、「おはようございます!」という他のガードマンさんたちと同じ言葉だけになっていることを・・・

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 そして極めつけは・・・

 青年に挨拶を交わそうと遠くから笑顔でやってくる人たちを見つけると、微妙に注意を逸らして気づかぬフリをしていることを・・・

 一年間も毎日毎日同じことの繰り返しの中で、毎日がマンネリ化してきて嫌になっちゃったのかな?

 忙しかったり、イライラする事が重なったりで、元気な挨拶が面倒臭くなってきたのかな?

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 それとも・・・

 他のガードマンさんから「目立ちすぎるぞ!」とか、クレームがあったのかな?

 でもどんな理由にせよ、やめてしまうことで、元気な挨拶も青年が持って生まれたものではなくて、作ったものだということになっちゃうのに・・・

 青年の顔にはケンが表れ、無邪気そうな笑顔はすっかり消えていました。

 そういえば、あれから何度か見かけた青年と彼女のデート風景も、最近は見る事はありません。

 青年に何があったのかは、わかりません。

 コチサだって、いつも青年を気にかけていたわけじゃないし・・・

 「そういえば、あの青年の元気な挨拶、最近聞かないなぁ・・・」

 と、ぼんやり思い出したくらいです。

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 時の流れの中では、インパクトのある出来事は、いつしか「いつもの光景」になり風景に溶け込んでしまいます。

 そしてもう少し時間が経てば、その「いつものこと」が、「当たり前のこと」になります。

 当たり前のことになれば、無くなった時にその不便や不快さに誰もがすぐに気がつきます。

 でも、「いつもの光景」の段階では、すぐには気がつきません。

 ある時ふと気がつくのです。

 だから、いつからどうして何があって、「いつもの光景」が無くなったのか誰もはっきりとは思い出せません。

 青年の挨拶は、「当たり前のこと」になる手前の「いつもの光景」で、無くなってしまいました。

 コチサ
 「続けるって事は大変だよ。それも毎日毎日。仕方のないことだよ・・・でもなんか寂しいな」

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 その朝・・・

 例によって遅刻気味のコチサは、いつもの道を走っていました。

 今日のガードマンはあの青年です。

 青年は通行人に気づかないフリをして、手持ちのシートとにらめっこをしています。

 コチサ
 「おはようございます!」

 青年
 「・・・(集中)」

 コチサ
 「おはようございます!また暑くなってきましたね、もう汗びっしょり(^o^)」

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 青年が、いま声に気がついたという感じで顔を上げました。

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 青年
 「おはようございます。暑いから走らないですむように早起きしましょう!」

 コチサ
 「いぇぃ┓(´_`)┏」

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 青年の目が一瞬だけ申し訳なさそうにしたのを、コチサは感じました。

 今度は、コチサがどれだけ続くかわからないけど、毎日元気に声をかけてみようかと思います。

 青年に何があったのかは、コチサは知らないし知る必要もありません。

 コチサが、どんな人間でなんの仕事をしているかは、青年は知らないし知る必要もありません。

 でも、朝の数秒、お互いの歩いている動線が交差するこの時間の知り合いとして、笑顔と元気を共有するために言葉を交わすのは悪い事ではないと思いました。

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