No.469 「走ること・生きること」 2004.12.15
 冬空

 夜の冷え込みが増すにつれ、いつものランニングロードを走る人たちの数が少なくなってきました。

 コチサ
 「仕方ないね、また桜の季節には会えるんだから、暫しのお別れだね^-^;」

 ランニングロード自体は走り慣れた安全な道だし、民家にも隣接しているので夜間に一人で走っても怖いことはないのですが、やっぱり「こんばんはぁ〜」とか言いながら走る仲間が減るのは寂しいです。

 かつて、

 「早朝走るのは嫌だよね。死体とか見つけちゃったりするじゃん」

 と言われた事があります。

 彼は、ちょっと「ムッ」とした顔をしたコチサに気がついた周りの人から、

 「2時間ドラマの見すぎなんじゃない」

 とやんわりとたしなめられていましたが・・・

 朝だろうと夜だろうと・・・

 走っていようがいまいが・・・

 生きていれば、ざまざまな事件に遭遇するもののようです。

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 クリスマスが近づくと思い出すことがあります。

 当時のコチサのランニングコースは、一周1.6キロの神田川を回る周回コースでした。

 (現在は少し難度を上げ、1周2.5キロの周回コースに場所を移しています)

 そのコースは街灯が少なく、川の周りを囲む生垣も高いので、すれ違う人は風景に同化してしまって、近くに来るまで気がつかなかったりします。

 走っていて突然目の前にネコが飛び出してきて、その黒い塊に「キャッ!」と大声を上げることもシバシバでした。

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 その頃、よくすれ違って挨拶を交わしていたのが中学生くらいの女の子でした。

 コチサの「こんばんはぁ〜」の声に、最初の頃こそ照れくさそうに目礼で返してくれていましたが、そのうちに彼女のほうから「こんばんはぁ〜」と声を掛けてくれるようになりました。

 彼女は右回り、コチサは左回りを基本に周回するので、タイミングが合えば一晩のランニング中に3回も4回もすれ違う事になり、お互いが相手のペースメーカーとして励みになったりしていました。

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 その日はことのほか寒い日だった事を覚えています。

 彼女と

 「こんばんはぁ〜今日もがんばろうねぇ」

 と元気に声を掛け合って暫くたってからの事でした。

 コチサが、神田川にかかる橋の、最も暗い生垣の近くを通り過ぎた時、大きな黒い塊の「ごそごそ」という音がしました。

 「ネコにしては大きいな」

 そう感じたことは覚えています。

 でも、

 「きっと目の錯覚だね、多分普通のネコだったんだよ」

 コチサは経験則から勝手にそう思い込み、何事もなかったようにランニングを続けました。

 2周目になりました。

 「あれ?彼女とすれ違わないなぁ?・・・じゃぁさっきのすれ違いが彼女にとっては最終周回だったんだね(^o^)」

 ところが3周目の周回の時、再び彼女を見つけました。

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 彼女はランニングをしていません。

 先ほどコチサが、ネコがガサガサ動いたと感じたところに立ち止まっています。

 彼女は震えています。

 彼女は泣いています。

 真っ暗な道なのにコチサがそれを判別出来るのは、周辺を照らすパトカーの真っ赤な回転灯の灯りがあるからです。

 彼女の目がコチサを捉えました。

 コチサは何があったのかはわからなかったのですが、彼女のそばに付き添いました。

 警察官が彼女を促し、彼女の指差す方向をライトで照らしました。

 それは橋の上から神田川に向けて照らすことになりました。

 コチサが見たのは、紐にぶら下がって大きく揺れている大きなかたまり、そして何故か光を反射している薄くなった頭髪でした。

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 クリスマスを目前に控えて何があったのかは知りません。

 コチサが1周目の周回中にガサガサ動いた物陰は、まさに首をくくって飛び降りる瞬間だったのかもしれません。

 走り始めるとそれに集中してあんまり周囲を気にしなくなってしまうコチサとは対照的に、コチサの通った数分後に通った彼女はすぐに、異様な空気をその場所に感じたようです。

 2周目にコチサが彼女とすれ違わなかったのは、彼女が警察に通報するためにその場所を離れていたからでした。

 「怖かっただろうに・・・」

 挨拶しかした事のない彼女とコチサですが、気がつくと手を握り合っていました。

 まだ中学生の彼女に、中年の男性が首を吊る気持ちなどわかるはずはないと思います。

 コチサにだってわからないのですから。

 この先の人生が全てバラ色ではないことは、いろいろな小さな挫折や出来事を目にして学んでいくことです。

 彼女にとって、いきなりのこの光景は衝撃が大きすぎたようです。

 その後二度とこのコースで彼女と出会うことはありませんでした。

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 「もしコチサが、最初のガサガサに気がついていたら自殺を止められたのかなぁ?」

 その後、しばらくの間コチサを悩ませた疑問です。

 もしかしたらあの場は、止められたかも知れません。

 でもそれはあの場だけのことで、根本的な解決になったかは疑問です。

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 コチサは元気に走ることにしました。

 そしてすれ違った人には、これまでと同じく笑顔で挨拶をする。

 挨拶は不思議です。

 全ての人が言葉で挨拶を返してくれることはまずありません。

 でも言葉で返さない人でも、会釈をしてくれたり、ニッコリ微笑んでくれたりはしてくれます。

 そして次の周回で出会った時は、向こうから軽く手を振ってくれたりするものです。

 コチサは、このコチサの周回コースは、いつもそうやって笑顔がすれ違うコースであればいいと思っています。

 そしてコース上に、その暖かい優しい挨拶の種が浮遊し続けていれば、そこに足を踏み入れた人は、何故かいい気持ちになるものだと信じています。

 見たくない光景は、誰になんて言われようと見たくないから・・・

 挨拶の種を蒔き続ける事が、コチサに出来ることだと思うから・・・

 二時間ドラマのシリーズものの主人公は、旅の行く先々で死体に遭遇してしまいます^-^;

 コチサはそんな人生はまっぴらです^-^;

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 走るじょ

 コチサ
 「春まではめっきり仲間が減るけど、コチサはこのコースを守って走り続けるじょー」

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