No.418 「花一輪」 2004.6.21
 百合の花

 眠そうな目をこすりながら、事務所の扉を開けると、まぶしい朝日を浴びて萎れながらも凛として佇む一輪のユリの花と目が合いました。

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 コチサ
 「おっ(^o^)、今日は誰の誕生日?」

 社長
 「隼甲子郎くん!」

 コチサ
 「ふーん。おめでとうだね、甲子郎君^-^;」

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 前回の椎名ニーナさんのお誕生日から丁度一週間が経ち、枯れてしまった花を捨ててしまい殺風景だった窓辺に、再び可憐な笑顔が戻りました。

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 コチサ
 「ニーナさんの前は、越野蘭さんだっけ?その前は門前準君だったよね」

 社長
 「すごいね、よく覚えてるね」

 コチサ
 「当たり前だよ、こうしてお花を頂戴するんだからせめて名前くらいは覚えておかないと申し訳ないよ」

 社長
 「それは良い心がけだね」

 コチサ
 「それにしても、ニーナとか蘭とか隼とか・・・どうして山田次郎君とか、鈴木久美子さんとか、絶対に日本に多そうな名前の人っていないんだろ?」

 社長
 「それは源氏名だからだよ。まぁ今の若い子には、源氏名なんて言わないで別の呼び方があるのかもしれないけどね・・・」

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 若者には、その時々のブームがあります。

 時間が経って振り返ってみれば、

 「何であんなことがかっこ良くて素敵に思えたんだろう?」

 と顔を赤らめるような事でも、その真っ只中では「胸を張って見せびらかしたい」かっこ良い事となります。

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 今六本木界隈のキャバクラでは、その店の雇われ店長や従業員の女の子のお誕生日を、内外に問うて盛大に祝うことがブームなのかも知れません^-^;

 六本木交差点に向かう雑居ビルが乱立するメインストリートは、コチサの通勤路でもあります。

 毎日帰り時は、華やかな服を着飾った男女で混み合う道です。

 ところが、ある頃から月に数回程度、その道を埋め尽くすように、生花の生けこみのスタンドが乱立するようになりました。

 スタンドは縦横六尺三尺ほどの規格型で、どれも同じサイズです。

 またそこに活けられる花もディスプレイ用生花として花材に違いはありません。

 それぞれのスタンドの違いといえば、添付の宛名札に書かれた送り主の名前だけです。

 その他は、札に書かれた「○○△△さま、お誕生日おめでとうございます」というメッセージまで全て同一書体の同一サイズです。

 隼甲子郎君と椎名ニーナさん、越野蘭さん、門前準君の各々の違いは、そのスタンドが何本配達され、どれだけ混雑時のメインストリートの歩行者の妨げになるかで競われる事にあるようです^-^;

 コチサは、進路を大幅に妨げるそのお誕生日のスタンド群に3回ほど出会って、ようやく以上のような成り行きを把握したのでした^-^;

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 コチサ
 「この雑居ビルのどこかにあるキャバクラの従業員が今日誕生日で、ご贔屓筋のお客さんは、この規定サイズの花束をお店を通して発注することで、その店の馴染みであることをアピールし、主人公の従業員はそのお花の数で自分の存在意義を感じるシステムなんだよ」

 社長
 「そんなに難しい言葉を使わなくても^-^;・・・小学校の頃のお誕生会の延長みたいなもんだと思えばいいじゃん^-^;」

 コチサ
 「いいなぁ・・・コチサもお誕生日に誰か発注してくれないかなぁ」

 社長
 「勘弁してね。このビルでそんなことされたら、我々は一気に追い出されるからね」

 コチサ
 「そんな事わかってるよ、言ってみただけだじょ(`_')」

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 午前9時・・・

 朝の遅い六本木の街は、まだ清掃車もやって来ず、飲食店から出された夕べの宴の山の半透明のゴミ袋が、道路に飛び出さんばかりに溢れています。

 すでに上っている太陽の強い日差しと湿気を帯びて、風の無い街にはモワーとした独特の匂いが漂います。

 そして、昨日の100本近く並んだ生花のスタンドも・・・

 無残にも花々は道路にぶちまけられ、幾多の足跡に踏み潰された鮮やかな色の花々は、花汁が血を吐いたように、道路を押し花の画用紙に代えています。

 まだ回収に来ない花屋さんのスタンドは、花という肉を失った骨組みだけの骸骨状態で、まるで干からびたミイラのようです。

 その光景がなんかあまりにも悲しく打ちのめされるようで、思わず立ち止まって見ていると、前方から地元の住民らしきおばさんが3,4人やって来ました。

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 おばさん1
 「こっちはまだ大丈夫よ、かなり残ってる」

 おばさん2
 「こっちは全然ダメ。きっと引っこ抜いたり千切ったりしたのね」

 そう言いながら、萎れてしまったけどまだ死んではいない花を回収していきます。

 コチサ
 「道路のお掃除ですか?ご苦労様です」

 おばさん1
 「ううん、違うの。お掃除はしないけど、お花をもらいに来ちゃったのよ」

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 そう言うとおばさんは、ニヤッと笑って舌を出しました。

 (可愛い、いたずらを見つかった子供みたいだ^-^;)

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 コチサ
 「このお花、まだ咲き続けますか?」

 おばさん1

 「萎れて見えるけどね。水を吸わせば、まだ充分咲いてくれる花もあるのよ」

 コチサ
 「どの花がまた咲いてくれるかわかるんですか?」

 おばさん2
 「年の功ね、わかるのよ(^o^)」

 コチサ
 「へぇー、すごい(^o^)」

 おばさん3
 「まぁこういうお花だからね、お花屋さんの方でも心得たもので、もう咲ききった処分寸前のお花を使うんだけどね。それでもまだこうやって2、3日は咲いてくれそうな花もあるのよ」

 おばさん4
 「だから、もったいないでしょ。家にもって帰って飾るのよ」

 おばさん1
 「あなたもどう一本、これあげるわよ」

 コチサ
 「ありがとう・・・(ピカッ、ヒラメキ)あっ、いや、やっぱりいらないっす^-^;」

 おばさん1
 「あらそう、残念ねぇ」

 コチサ
 「すいません。事務所には花瓶が一つしかないもんで^-^;」

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 全く、夜は夜で道は狭くなるし、知らなくてもいいなんとかニーナなんていう名前まで頭に入ってきちゃうし・・・

 朝になればなったで、道は汚く廃墟のような花の死骸で覆われちゃうし・・・

 「若者よ、迷惑をかけるでない」

 などと、そのブームにすっかりおばさん化していたコチサですが、

 「なんだ花屋さんは、処分品の花がはけて万々歳じゃん」

 「近所の人は、ただでお花がもらえてラッキーじゃん」

 ということで、

 「世の中、ちゃんとうまく回ってるね」

 と、すっかり良い気分に復活していたコチサでした。

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 で、その朝・・・

 事務所のドアを開けると・・・(その日はガーベラに丹頂アリアムのアレンジでした^-^;)

 コチサ
 「おはよう」

 社長
 「おはよう。どうきれいでしょ。一輪挿しだけど、ちょっとアレンジしてみたよ」

 コチサ
 「どしたの^-^;」

 社長
 「いや、わが社も花くらい飾らないとと思ってね、買ってきたよ」

 コチサ
 「ふーん、その割には少し萎れかかっているようだけど・・・」

 社長
 「だ、大丈夫だよ。水を吸えば元気になるから・・・」

 コチサ
 「年の功だね、わかるんだね、すごいね(^o^)」

 社長
 「どゆこと?」

 コチサ
 「別に・・・^-^;」

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