No.417 「一幕見席」 2004.6.17
 コチサ「外郎売」CD

 会長
 「コチサさん、コチサさん、ついに手に入れましたよ。外郎売のチケット(^o^)」

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 ここ数年、会長は、本家・歌舞伎の「外郎売」をコチサに鑑賞させようと、そのネットワークを日本全国に張り巡らせ、時を待っていてくれました。

 そして見つけたのが、なんと「十一代目市川海老蔵襲名披露、六月大歌舞伎」というビッグイベントでした。

 團十郎と海老蔵が120年ぶりに同じ舞台に立つという事で、全国的にも超人気となったプラチナチケットです。

 ご存知のように團十郎さんは、その後病気休養となり、残念ながら120年ぶりの舞台は無くなってしまいましたが・・・

 で、せっかく取っていただいたプラチナチケットでしたが、コチサはその日は帯の仕事が入っていて、どうしても休むわけにはいきません。

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 コチサ
 「苦渋の決断ですm(_ _)m」

 会長
 「いや実は私もその日に仕事が入っちゃって・・・」

 コチサ
 「えーじゃぁチケットは?」

 会長
 「誰かにあげちゃいましょう」

 コチサ
 「そ、そんなぁ・・・せめてYahoo!オークションにでも^-^;」

 会長
 「まぁそんなにがっかりしないで下さい。外郎売だけだったら35分ですから時間を作って一幕見席に並ぶという手もありますよ」

 コチサ
 「イチマクミセキ?」

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 会長が手に入れてくれたチケットは、歌舞伎座・六月大歌舞伎の昼の部のチケットで、「外郎売」「寺子屋」「口上」「春興鏡獅子」と昼全4幕全てを観る事が出来るものです。

 このチケットを持っていれば、開演時に合わせて歌舞伎座に出かけ、胸を張って正面玄関から入場する事が出来ます。

 歌舞伎座内の施設を自由に回遊出来、食事やお土産も選り取りみどりです(もちろんお金は払いますが^-^;)

 ところで「一幕見席」というのは、通常複数の演目で成り立つ歌舞伎のうち、好きな演目だけを見る事が出来るシステム席です。

 これは歌舞伎座だけのシステムだそうで、正面玄関とは離れた専用入り口から入場して、急な勾配の階段を延々と登って4階の自由席まで一本道を進みます。

 もちろん、食堂やその他の施設は利用できません。

 前売りも無く当日売りのみで、立ち見も含めて満員になったら販売終了です。

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 コチサ
 「一幕見席かぁ・・・」

 親分
 「どうした?歌舞伎に行くのか?」

 コチサ
 「あっ親分、久々の登場だね^-^;、元気だった?」

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 生まれも育ちも深川の片目の親分(第191号参照)は、江戸っ子の中の江戸っ子を自認しており、歌舞伎の話を小耳に挟んだものだからさぁ大変^-^;

 親分論が爆発です^-^;

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 親分
 「歌舞伎なんてのはな、昔から作業のちょっと空いた時間に、サァーと行ってサァーと帰ってくるもんなんだよ。わざわざめかし込んで出かけて、弁当買って一階席に座って最初から最後まで見るもんじゃないよ。そんなこたぁ地方から出てきた人間のすることで江戸っ子のすることじゃないよ」

 コチサ
 「まぁコチサは讃岐っ子だけどね^-^;」

 親分
 「本当の通は幕見席(※一幕見席の席のこと)よ」

 コチサ
 「ふーん」

 親分
 「掛け声だって、幕見席からかかるもんな。この掛け声で役者もその気になって良い芝居見せてくれたりするからな」

 コチサ
 「じゃぁ、正面玄関から入れなくても気にしなくていいのかな?」

 親分
 「当たり前だ。こっちの方が通だって胸張って入ればいいんだよ」

 コチサ
 「そうやって力を入れ過ぎるところに、正面玄関から入れない哀愁を感じたりするんだけど^-^;」

 親分
 「・・・」

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 ここはひとまず、子供の頃から数十円、数百円で、一幕見席を観てきたという親分の言葉を信じて、

 1)ラフな格好で
 2)役者を乗せる掛け声をかける心意気で
 3)江戸っ子らしく

 一幕見席で「外郎売」を鑑賞する事に決めました。

 親分は「そんなのいつでも空いてるよ」と言ったけど、不安を感じたコチサは早起きをして当日券販売の2時間前に歌舞伎座に並ぶ事にしました。

 帯期間中の仕事は、昨日のシフト調整で半休の折り合いをつけてあります^-^;

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 コチサ
 「えー、親分、嘘じゃん(;;)」

 2時間前なのに、すでにおばさまおじさま方が、一幕見席の前売りに並んでいます。

 コチサ
 「失敬、ここは外郎売の一幕見席の行列ですか?」

 おばさま
 「そうよ」

 コチサ
 「では失礼してコチサも後ろに並ばせていただきます」

 おばさま
 「外郎売りを見に来たの?」

 コチサ
 「へい」

 おばさま
 「團十郎さんは残念だったわね」

 コチサ
 「いかにも」

 おばさん
 「でも代役の尾上松緑さんも素晴らしいわ」

 コチサ
 「立派に勤めを果たしていると思いますぞ」

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 親分から、ここは「通」が並ぶ場所と聞いていたので、コチサも必死に「通」を気取ります。

 でも「通」を気取ると武士言葉になっちゃうのは何故だ^-^;

 すぐにコチサを素人と見抜いたおばさまたちは、この一幕見席のこと、歌舞伎座のこと、そして役者さんのことや歌舞伎全てに通じる観客としての心得を教えてくれました。

 結果的に、このおばさまたちとの2時間は、コチサにとって実際の歌舞伎を観るより深く知識や振る舞いを得た貴重な時間となってしまいました。

 おばさんたち、ありがとう(^o^)

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 開演間近になると、正面玄関前には、きらびやかな衣装に身を包んだ「歌舞伎を観に来た」人たちが集いだしました。

 華やかな祭りの時間の始まりです。

 しかし登り始めた明るい日差しさえ当たらない距離を隔てた一幕見席の前売り場では、あいかわらず「ただ待つ」修行が行なわれていました^-^;

 そして・・・

 正面玄関の開場と共に、一幕見席の前売りがオープンしました。

 一人ずつ演目を言ってお金を払って、4階の幕見席まで駆け上がります。

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 コチサ
 「外郎売一枚!」

 売り場のお姉さん
 「800円です」

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 2時間前に並んだ事がきいたようで、コチサは立ち見にならずに席を確保する事が出来ました。

 いよいよ、長年の恋人「外郎売」との対面です。

 親分の言った通りです。

 この幕見席からの「通」の人たちの「掛け声」で、役者は乗ったり沈んだりするようです。

 團十郎さんの代役を務めた尾上松緑さんの「外郎売」は、コチサが期待していたものとは違ったけど、「外郎売」の世界の深みを教えてくれました。

 コチサ
 「ふーん、これは良い勉強になったぞ!」

 一通りの進行を理解したコチサは、新たな好奇心が湧き上がってきました。

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 コチサ
 「おばさん、おばさん」

 おばさん
 「?」

 コチサ
 「せっかくだから、コチサも掛け声をかけてみたいんだけど、何て言ったらいいの?」

 おばさん
 「あんた正気?」

 コチサ
 「うん(^o^)、松緑さんには何屋さんって声かければいいの?」

 おばさん
 「音羽屋よ」

 コチサ
 「でもあっちの人はさっき、澤瀉屋(おもだかや)って叫んだよ」

 おばさん
 「それは、小林妹舞鶴をやってる亀治郎に言ったのよ」

 コチサ
 「ふーん」

 おばさん
 「いい?掛け声は間や声色が大事なの。絶対にやっちゃだめよ」

 コチサ
 「えーなんで?声には自信あるじょー」

 おばさん

 「とにかくお願い。どうしても掛け声かけたかったら、私とあと50回一幕見席で偶然出合ったらにして」

 コチサ
 「なんで50回なの?」

 おばさん
 「その頃には、ことの善悪が判断つくからよ」

 コチサ
 「・・・」

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 こうして、コチサの歌舞伎座デビュー戦は無事に終了しました。

 日々の発声・滑舌トレーニングとしているコチサの「外郎売」に今後変化があるのか?

 この日得たものが、コチサの血となり肉となって吸収されていくには、植えられた種が根付き芽が出て花が咲くほど時間がかかるかもしれません。

 また植えられた種は、芽を出さずにそのまま枯れてしまうかもしれません。

 ただこの日が、恋焦がれていた本家「外郎売」と対面したコチサにとって記念すべき日となったことは事実です。

 幕見席から「音羽屋!」というコチサの声が響くのは随分先のようです。

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