5月にして真夏日を迎えたこの日、冷房の効いた事務所の窓から覗く景色は、陽炎に揺らいでいます。
下から吹き上げる風が、歩行者の女性のスカートを軽くまくる程度なら心地良い涼しさを感じられて良いのですが、時間と共に地面との温度差が広がるにつれ、吹き上がる風はより強く大きくなってきました。
道路に捨てられていたスーパーのビニール袋が、風に捕まりました。
一気に吹き上げられ、ビルの8階にいるコチサの視線まで上りつめると、今度は気球のようにゆっくりとその高さを維持したままさまよっています。
コチサ
「あのビニール袋はスーパーア○マだね(^o^)」
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ビニール袋は荷物も入ってないのに風を受けてパンパンにふくらみ、店名のロゴをはっきり見せています。
時々、アクロバット飛行のように急降下をしたりきりもみ回転をしたりと技を見せながら、結局はこのビルの8階の高さを行ったり来たり・・・
コチサ
「すごいなぁ、かれこれ3分以上も留まっているよ」
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ようやく曲芸飛行に疲れたようで、ビニール袋は向かい側の6階建てマンションの屋上に着陸しました。
なんというベストパフォーマンスでしょう^-^;
ビニール袋は、BSとかCSとかのパラボナアンテナのお皿の部分の先にある、突起物にすっぽりかぶさってしまいました。
素人のコチサが考えるには、この部分はお皿の部分で集めたデータを集約して、階下のテレビに送信する部分だと思いました。
そこにすっぽりビニール袋がかぶさったのだから、テレビを見ている人には何か影響が出るはずです。
コチサ
「これは新たな事件に発展しそうだね、o(^o^)o ワクワク」
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目が釘付けです^-^;
パラボナアンテナのお皿の部分は真っ白でとてもきれいです。
「SONY」のロゴが、まぶしい太陽の光に輝いています。
でもその先のすっぽりビニール袋をかぶった部分は、少し笑えます。
パタパタパタパタ、風にあおられビニール袋が踊ります。
まるで駄々をこねている子供のようです。
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子供の頃、虫眼鏡を使って紙を焼く実験がありました。
太陽の光を黒く塗った紙の一点にあわせ、焦点を集中させる事で紙を燃やすほどのパワーを作りだしました。
パラボナアンテナの原理もそうなのかなと思いました。
ちょうどビニール袋がかぶさった部分は、お皿のアンテナのデータが集中する焦点なのじゃないかな?
そこにビニール袋がかぶさり、駄々をこねるたびに微妙に焦点がずれたら・・・
コチサ
「やはりこれは、目が離せませんね^-^;」
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コチサの空想は膨らみます。
テレビの画像が悪くなった住民が、次々にベランダに顔を出します。
そして住民が、屋上のアンテナにかぶさったビニールを発見し騒ぎ出します。
「あれだ」
「あれが原因だ」
「どうしよう?何とかしろ」
他の住民たちも次々に騒ぎ出します。
「管理組合に連絡しろ」
「いや、手っ取り早く消防署に連絡だ」
「警察の方がいんじゃないか」
埒があきません。
すると意を決した住民の一人の青年が、屋上に向かって登りだします。
心配そうな住民が声をかけます。
「おーい、危ないぞ、消防隊が来るのを待っていたほうがいいんじゃないかぁ」
青年は応えます。
「今は我々のマンションの危機です。人に任せてはおけません」
その言葉に、ベランダに飛び出していた住民たちから熱い感動の雄たけびがあがりました。
青年は時に足を滑らせながらも、アイゼンをつけた靴でかろうじて踏みとどまり、ピッケルで足場を作りながらアタックキャンプを目指します。
(もう登山用語集と首っ引きさ^-^;)
そして青年は最後のムンターハーケンを打ち込み、ついにピッケルの先にビニール袋を捉えました。
固唾を呑んで見守る住民たち・・・
青年がピッケルを引くと、ビニール袋は大きな裂け目(クレパス^-^;)を見せ再び上空に舞い上がりました。
しかしクレパスとなったビニール袋には、もはや空気をためる部分は無く、あっという間に地上に落下していきました。
室内に戻ったご夫人が、再びベランダに飛び出して叫びだしました。
「映ったわ、再びテレビが映ったわ。勝ったのよ、私たちは勝ったのよ!」
湧きかえる各階のベランダ・・・
歓声の中、青年は足場を確認しながらゆっくりと自分の部屋のベランダに下山しました。
その顔には、誇らしさと照れくささが混じっていました。
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しかし現実は・・・
相変わらずビニール袋は、風を受けてばたばた騒いでいますが、マンションはいたって静かで、どの階からも住民が不満げにベランダに顔を出すようなことはありません。
「テレビは見えてるのかな?」
BSとかCSとかを使った事が無いコチサにはよくわかりません。
でも、ワクワク期待した「ビニール袋救出劇」はおきませんでした。
コチサ
「ちぇっ、仕事に戻るか・・・」
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休日開けの事務所は、どううも今ひとつ調子が出ず、こうしてのどかに時が過ぎて行きました。
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社長
「あのさぁ・・・」
コチサ
「わかってるって、窓から景色見てぼーっとするなって言いたいんでしょ」
社長
「うん、あんまり言いたくはないんだけどね」
コチサ
「じゃぁ言わなければいいじゃん。全くたかがこのボーっとした時間が仕事時間のどれだけの割合になるっていうんだい」
社長
「5割!」
コチサ
「えっ、うそ」
社長
「午前11時に来て午後4時には帰るじゃない。昼休みを少なめに1時間としても、今外2時間見てたからね」
コチサ
「・・・」
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子供の頃、あんなにゆっくり流れていた時の流れが、歳とともにだんだん早く感じられるようになりました。
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社長
「考えている事っていえば、子供の時以下の空想なのにね」
コチサ
「まったくだぜ^-^;」