No.365 「おばあちゃんのうどん」 2003.12.9
 写真・・・「谷川」の酢醤油うどん

 全国版朝日新聞夕刊に「おばあちゃんのうどん(讃岐から)」という短期連載があり、2003年12月8日は香川県琴南町のうどん店「谷川」のおばあちゃんが紹介されていました。

 谷川のおばあちゃんは82才、営業時間は1日2時間だけ、サイドメニューは無くて一杯100円のうどんだけを作り続けています。

 加熱するうどんブームで、支店や通販などの甘い誘いもあるそうですが、一切断っているそうです。

 谷川のおばあちゃんは、1963年農業の不作から子どもを食べさせる為に、うどん屋さんを開業しました。

 おばあちゃん、42才の一念発起です。

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 コチサ
 「偉いなぁ…42才で始めたのかぁ」

 コチサ
 「農業は天候で左右されるから、子どもたちに安定した食事をさせるためにかぁ」

 コチサ
 「本当に偉いなぁ、谷川のおばあちゃんは…」

 お母さん
 「あんた、何が言いたいの?」

 コチサ
 「べ、別に…」

 お母さん
 「うちは農業に固執したばっかりに、あんたらに安定した食事をさせられへんで、えろうすんまへんな」

 コチサ
 「な、何を言ってるんだい、お母さま。コチサたち姉弟は、いつも美味しいコチサ米を食べて育てられて、えろう幸せでんがな」

 お母さん
 「うちのお米は、讃岐誉れや、コチサ米なんて勝手に名前つけたらあかんで」

 コチサ
 「いいんだよ、コチサ米で、それの方が売れるんだから^-^;」

 お母さん
 「で、何で電話してきたの?」

 コチサ
 「だから、谷川のおばあちゃんが新聞に出てたよって話だよ」

 お母さん
 「そりゃ良かったやないの」

 コチサ
 「でさ、谷川のおばあちゃんと、うちのおばあちゃんが同級生だったりしてくれるとありがたいんだけど…」

 お母さん
 「?」

 コチサ
 「そうなると、コチサニュース的にとても都合が良くてさ」

 お母さん
 「谷川さんって琴南の人やろ、同級生なわけないやろ」

 コチサ
 「そりゃそうだよね…」

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 数年前、コチサが仕事で徳島に行った時、担当の人が「うどんフリーク」で、讃岐生まれのコチサをうどんの名所に案内してくれました^-^;

 午前中から食べ歩き、3件目に行ったのがこの「谷川」でした。

 写真・・・「谷川米穀店」に並ぶ人々

 すごい人気で、ちょうどコチサたちが並んだところで、その日の販売は打ち切りとなってしまいました。

 谷川のうどんは、そのつるつる麺が他のさぬきうどんとはちょっと違って「好き嫌い」がわかれるうどんでした。

 コチサは、その日3件目だったので、抑え目に2玉食べたのを覚えています。

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 コチサ
 「コチサはさぁ、讃岐人なのに、うどんの想い出が無いんだよね」

 お母さん
 「・・・」

 コチサ
 「お母さんとか、おばあちゃんとかの、我が家のうどんの味が語れないんだよ」

 お母さん
 「もしかして、それを私やおばあちゃんのせいにしてないかい?」

 コチサ
 「違うの?」

 お母さん
 「私はまだしも、おばあちゃんの作るうどんは美味しかったでぇ、近所の人がみんな分けてくれ言うて集まってきよったわ」

 コチサ
 「そうなの?」

 お母さん
 「おばあちゃんがお店出してたら、今頃「益田うどん店」言うて行列の出来るお店になってたと思うわ」

 コチサ
 「コチサ全然、覚えてない」

 お母さん
 「お前がうどん食べだしたの、東京行ってからちゃうんか?」

 コチサ
 「そうだよ」

 お母さん
 「お前はこっちではうどん大嫌いやったやないか、蛇みたい言うてな」

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 そうだった。

 コチサは、今でこそ「讃岐人」として、うどんについて知ったかぶりをしているけど、実は讃岐時代はうどんを食べるのも嫌だったんだ。

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 お母さん
 「残念やな、子供の頃うどんさえ食べておれば、今頃、谷川のおばあちゃんの話から、うちのおばあちゃんの話へと、ええ話が書けたのにな」

 コチサ
 「・・・」

 お母さん
 「じゃぁ、谷川のおばあさんの隠し子が、わたしだったことにしてもええで(^o^)」

 コチサ
 「あのねぇ(`_')」

 お母さん
 「なんならお前が、うどんのカメから産まれた事にすれば、もっと面白いんちゃう(^-^)」

 コチサ
 「(`_´メ)」

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 コチサが子供の頃うどんが嫌いになったわけは、蛇に似ているのと、もう一つわけがありました。

 讃岐の人はよく
 「うどんは喉で食べるんじゃ、噛んだらあかん」
 と言います。

 そうすると、典型的讃岐人である事を誇りに思っているお父さんなんかは、
 「当然じゃ」
 と言いながら、子どもたちの前で、うどんを噛まないで一気にかきこみます。

 その時のお父さんの、白黒した目が忘れられないのです。

 郷土に生きるということは、うどんで窒息しそうになってまで忠誠を尽くすという事だと教えてくれた目でした。

 コチサは思います。

 うどんはしっかり噛んで味わって食べたほうが絶対に美味しい…

 もし、あの日お父さんがあんなパフォーマンスさえしなければ、コチサの心に「おばあちゃんのうどん」の味が染み付いていたのかと思うと、残念でたまりません。

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 コチサ
 「なんだ、全てお父さんが悪いんじゃん(`_')」

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 そうは言っても、お昼休みに畑仕事から帰ってきて、

 「時間が無いんじゃ、とりあえずうどん一杯だけすすらせてぇな」

 そう言って、台所で立ちながら、しょうゆぶっかけうどんを一気にすするお父さんの姿を見て「家族を背負って働く」という事を学んだのも事実です。

 コチサは、とりあえず、お父さんを許してあげることにしました。

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 お母さん
 「あんたぁ、良かったな、サチコがあんたのこと許してくれたで」

 お父さん
 「ちょ、ちょっと待て、許すも許さんも、うどんの食べ方で娘に根に持たれる筋合いはないでぇ」

 コチサ
 「まぁまぁ、二人とも仲良く、仲良く」

 お父さん・お母さん
 「ねんでやねん!」

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