No.300「ご近所-2003」  2003.3.17

 写真・・・花1

 だいたい週に一回くらいの割合で、近所に介護入浴車が止まります。

 時間は朝の9時ごろが多いです。

 その家は、コチサの家の数軒先の一軒家です。

 夏場は、ちょっぴり使い込んだホースから飛び出る水が太陽にきらめいて、さわやかな朝を伝えてくれています。

 その家には表札もかかっていないので、近所に住んでいながらコチサには、その家の名前も、ご家族の誰が介護を受けているのかもわかりません。

 そんな事は、よそ様に教えることじゃないので、知りたがるコチサの方が変なのかも知れません。

 表札を出さないのも、西暦2003年の社会の生活では、プライバシー保護とかいろんな理由で当たり前の事なのかも知れません。

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 コチサ

 「でも、なんか寂しいな」

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 田舎育ちのコチサにしてみれば、ご近所には誰が住んでいて、その家の子供が今度小学校入学とか、おじいさんは病気だとか・・・

 そんな情報は、近所に住む人間としては、知らなくてはかえって失礼にあたるものだという気がいまだにあります。

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 その家の玄関には、手動操作の鉄板が取り付けられていて、その鉄板を動かすことで玄関と道路の若干の段差を、スロープ化出来る装置がついています。

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 コチサ

 「あぁ〜きっと車椅子で、移動するんだろうな・・・」

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 写真・・・花2

 好奇心旺盛なコチサは、そんな状況証拠(?)をもとに、その家で暮らす、介護が必要な方が、どんな人なのか想像していました。

 そして風の噂で、その人はおじいさんで、一人暮らしをしていて、介護ヘルパーの人が、一日数回訪問をしてくる介護認定を受けている事を知りました。

 しかし、その噂の出所の近所の人たちも、そのおじいさんを最後に見かけたのは数年前というくらい、ここ数年おじいさんは外に散歩に出ることが無いようでした。

 そういえば、鉄板の手動昇降機も動かされることがないせいか、蝶番の部分にサビがこびり付いています。

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 写真・・・花3

 2ヶ月に一回くらいの割合で、深夜によく救急車が止まります。

 おじいさんが体調を崩して呼ぶようです。

 でも一週間後にはまた、介護入浴車が止まっているので、

 「あぁ、元気になって戻ってきたんだな」

 とわかります。

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 季節が冬になると、介護入浴車の回数が減ります。

 また、時間も陽の高くなる正午周辺に変わるようで、コチサがこの車を見かける事はほとんどなくなります。

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 写真・・・花4 今年の冬もそうでした。

 もう4ヶ月近く介護入浴車を見かけることはありませんでした。

 ほとんど定期的とも感じられた、深夜の救急車の音も聞かれなくなっていました。

 「おじいさん元気になったんだな」

 そう思ったのを最後に、コチサはすっかりその家のおじいさんの事を忘れていました。

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 再びその事を思い出したのは、一週間前の日曜日でした。

 朝から工事の音がうるさいので、顔を出してみると、あの手動昇降機の撤去作業が始まっていました。

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 コチサ

 「?」

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 写真・・・花5

 そして次の日曜日、コチサが散歩の途中に家の前を通り過ぎると、玄関があいていました。

 ビニール張りされた室内と、真新しいシステムキッチンが見えました。

 もとの部屋の中は知りませんが、すっかりリフォームされたことは誰の目にも明らかです。

 おじいさんがいつ亡くなって、どこで葬儀が営まれたのか・・・

 その後、この家がリフォームされるに至るまで、どういう手続きがとられて、どんな事があったのか・・・

 これから耳をダンボにして、風の噂のフォローを待つばかりです。

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 コチサ

 「もしもし、お母さん?」

 お母さん

 「なんや?」

 コチサ

 「ご近所の人たちってみんな元気?」

 お母さん

 「元気な人も、そうでない人もおるで」

 コチサ

 「お母さん、近所の人たちが今誰が病気で、誰が元気でとか、どこの子が入学で卒業でとかみんな知ってる?」

 お母さん

 「当たり前やろ、そんなん知らんかったら、お見舞いもお祝いも出来へんで」

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 写真・・・花6

 やっぱり、コチサは田舎もんかな?

 でも、それならずーっと田舎もんの方がいいな。

 近所のおじいちゃんがいつ亡くなったのか、家がリフォームされて売りに出されてはじめて知るなんて、やっぱり同じ町に住んでいる人間としたら寂しいもん(・_・)


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