No.281「開かずの踏み切り!」  2002.12.12

 写真・・・駅

 東京にもまだ、開かずの踏み切りというのがあることを知りました。

 早朝の某駅を左側に見る踏み切りです。

 左側の電車がホームに入線する前から踏み切りは降り始めました。

 そして電車入線、人々の乗降があり、再び発進。

 目の前を大きな電車が威圧感たっぷりに過ぎていきます。

 「さぁ行こう」

 そう思っても遮断機は上がりません。

 この時点でまだ見えてはいませんが、反対方面の電車が警告区域内に入線して来ていたようです。

 朝のラッシュ時とはいえ、これが数回繰り返されひどい時には10分を超える事もあるそうです。

 「打ち合わせに遅れる事」に慣れてしまったコチサにとってはたいした問題ではありませんが、通勤に急ぐ方々にとっては不満噴出の「開かずの踏み切り」として有名なところなのだそうです。

ライン

 そんなコチサが二度目の打ち合わせにその駅を利用したのが昨日・・・

 やはり早朝。

 そしてやはり「開かずの踏み切り」に捕まってしまいました。

 「キンコン・キンコン」

 コチサはその音と自分の心臓の鼓動がダブりました。

 「早く、開いて下さい」

 祈るような気持ちでした。

 「キンコン・キンコン」

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 写真・・・信号

 踏み切りに立つコチサの横には、救急車が止まっているのです。

 コチサは気が気ではありません。

 周りを見るとみんなやっぱり同じ気持ちのようで、やたらと左右を見ています。

 背伸びして覗く救急車の運転席も人も、指でハンドルを叩きながら焦れている感じです。

 5分が過ぎて・・・

 10分近くになって・・・

 今コチサのすぐ横では命の闘いが起こっている。

 一刻も早く救急車は病院か目的地にたどり着かなくてはいけないのにどうしようもない。

 この時点でコチサは、この救急車が既に病人を乗せて病院に向かう途中なのか、これから病人の家に向かう途中なのかはわかっていません。

 でも今、命の闘いが行われているのは事実です。

 寒い朝ですが、冷や汗が出てきました。

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 踏み切りの道路をはさんだ横側の男性が焦れて救急車の前を横切ってこちらに向かって来ました。

 その顔は硬直して怒っている感じです。

 コチサは一瞬

 「えっ?コチサが怒られるの?」

 と思いました。

 でも気がつきました。

 コチサの目の前には、真っ赤な「非常停止ボタン」がありました。

 その男性はそれに向かって一直線に進んで来ています。

 「この人、電車を止める気だ」

 コチサは迷いました。

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 「いいんだろうか?」

 「でも救急車がこんなに立ち往生しているのは良くない」

 「でも列車を止めるなんて怒られるんじゃないかな」

 「ここで電車を止めるのが人間として正しい事なんだろうか?」

 「だとしたら、今わざわざこっちに向かって来る男性よりも、目の前にいるコチサがボタンを押すべきだ」

 「でも電車を止めると賠償金がすごいって聞いた事があるし」

 「何言ってるんだよ、人の命がかかっているんだよ」

 「そりゃ目の前の線路に挟まれている人がいたら迷わずボタンを押すよ」

 「でも今は、救急車の状況がつかめていないし・・・」

 「状況はわからなくても、人の命が左右されているのは確かだよ」

 「でも最近はちょっと転んで怪我しただけでも救急車を呼ぶ人もいるって言うし・・・」

 「そんなのわからないじゃない、最悪の場合を考えるべきだよ」

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 写真・・・道路標示(ストップ)

 コチサの中で葛藤は続きました。

 件の男性はもうすぐコチサの目の前にやってきます。

 「もう今ならこの男性がボタンを押す方が自然だ」

 コチサはそう思い込むことで葛藤を断ち切りました。

 周りの人も、男性の意図がわかっているらしく、ただ黙って見守っています。

 その時!

 「キンコン・キンコン」が止まり、遮断機がゆっくり上がりました。

 「開かずの踏み切り」の時間が終わりました。

 救急車はまた走り出し、周りの人は改札に向かって進み出しました。

 いきなり支えを外されたような男性は一瞬戸惑った顔をしましたが、すぐに先ほどの硬直した顔から柔和な笑顔に戻りました。

 そして困ったことにコチサと目が合ってしまいました。

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 コチサ

 「・・・困った踏切ですね」

 男性

 「えぇ、いつもこうなんですが、今日みたいな状況は初めてですよ」

 コチサ

 「勇気・・・ですよね」

 男性

 「えっ?」

 コチサ

 「いや、別に。行ってらっしゃい」

 男性

 「はい、ありがとう。行って来ます」

ライン

 写真・・・カバン

 その日はコチサはやっぱり打ち合わせに遅れたけど、何か少しだけ美味しい朝の空気を食べたので満足な一日となりました。


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