No.152 2001.10.9
体育の日を挟んで運動会が花盛りです。
散歩の途中、黄色い声援につい足を止めて見入ってしまいました。
入場が厳しく、外堀からの見学しかさせてもらえませんでしたが、それでもなんかワクワクする気持ちになれました・・・
秋の空気をいっぱい吸って目を閉じると、昔の光景が甦ってきました。
それは、小学校3年の時の運動会の事でした。
コチサは、一際山の中に住んでいて、一台のバスに乗り遅れると大変な事になるので、放課後は真っ先に駆け出して帰らなくてはなりませんでした。
だからいつも一人で、あんまりお友だちも出来ずに、いつのまにか引込み思案の大人しい子供になっていたようです。
家では内弁慶なので、親や教師はなおさら心配したようです。
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長尾先生
「さっちゃん、いらっしゃい。今度の運動会、お年寄りへの挨拶はあなたがやりなさい」
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コチサの小学校は、毎年運動会には、近くの老人ホームからお年寄りをお招きして楽しんでもらう事になっていました。
開会式の後、生徒の代表が、来ていただいたお年寄りに向かって挨拶をするのが恒例です。
でも挨拶は最上級生の役目だったのに・・・
これを聞いた家族は、大騒ぎ・・・
当日は、畑仕事も放り出して、お父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんまで学校にやってきました。
秋晴れの空の下、入場行進が終わり、来賓の挨拶、全校体操と行事はつつがなく進み、
「次は、感謝のご挨拶。3年西組、益田サチコさんからです」
アナウンスと共に、校庭に整列していた生徒の中から、ちっこい山猿が出てきました。
朝礼台に上り、招待されたお年寄りの方に向いて話はじめました。
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「○○老人ホームのおじいちゃん、おばあちゃん、今日はようこそいらっしゃいました。一生懸命やりますので、最後までゆっくり見ていってください」
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万雷の拍手の中、山猿は胸を張って自分の列に戻っていきました。
お母さん
「あれからお前は変わったんよ。元気に明るくなってなぁ。誰とでも話すようになって・・・お前が、今こんな仕事しよるんは、あれがはじまりだったんやなぁ」
コチサ
「お母さん、実はコチサはあんまり覚えてないんだよ。それまでが引込み思案だったっとか、挨拶の為にどういう練習をしたかとか・・・」
お母さん
「あの日な、お父さんも、お母さんも、みんな口から心臓が飛び出しそうなくらい緊張してたんよ・・・それなのにお前は、名前呼ばれたらニコニコして出てきて、話し始めて・・・それも覚えてないんか?」
コチサ
「いや、そこだけ覚えてるんだ。朝礼台の上に乗って、全校生徒やお客さんが並んでるのが見えるの。気持ちいいーって思ったの覚えてる。みんながコチサの声を聞いていると思うとすごく良い気持ちだった」
お母さん
「やっぱり、あれが始まりだったんや・・・長尾先生には感謝をしてもしきれんわなぁ」
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そうなのかも知れません。
コチサは覚えていないけど、親や周りがみんなそういうのだから、あの小学校3年生の運動会に今のコチサの原点があるのかもしれません。
数年前、帰省したお正月。
買い物に出たバス停で、少し腰が曲がり、杖を頼りに歩く白髪の女性を見かけました。
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コチサ
「せ、先生・・・長尾先生?」
長尾先生
「?」
コチサ
「長尾先生ですよね」
長尾先生
「そうですよ?あなたは誰かしら?」
コチサ
「益田沙稚子です、1年から3年まで先生に担任をしてもらった・・・3年のとき運動会でお年寄りに挨拶をさせてもらった・・・」
長尾先生
「ごめんなさいね、先生の教え子はいっぱいいて、思い出しきれないの・・・それに先生倒れちゃってね、思い出せない事もたくさんあるのよ」
コチサ
「そうですか・・・」
長尾先生
「でも、教え子がこんなに大きくなって元気に声をかけてくれる、それが先生には嬉しいことなの」
コチサ
「私もです。先生がこうして元気でいてくれて」
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長尾先生は、言葉を話すのが少し辛そうでした。
何故、あの時、これまでの習慣を破って3年生のコチサに挨拶をさせたかは、これで永遠の謎になってしまいました。
そして、それがあるから今がある事への感謝も、長尾先生にはうまく伝わらないままになってしまいました。
ちょっぴり寂しくて、ちょっぴり悔しくて、先生の乗ったバスを見送ったコチサでしたが、バスの後姿が小さくなるにつれ、何か大きなことに気が付きました。
先生にとっては、
「教え子が元気でいる」
きっとそれだけで嬉しいことなんだ。
先生にとっては、みんな教え子という仲間なんだ。
もし先生の教え子の誰かが、総理大臣になって・・・
SPを引き連れて会いに来る・・・
「先生のおかげで今がある。感動した。ありがとう!」
とか言っても、先生は、
「ごめんなさいね、先生の教え子はいっぱいいて、思い出しきれないの・・・でも、教え子がこんなに大きくなって元気に声をかけてくれる、それが先生には嬉しいことなの」
そういって喜んでくれるのでしょう。
それに気が付いた時、何故コチサを指名して挨拶をさせたかを知る必要はないと思いました。
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それは長尾先生が先生だったからです。
生徒を良く見て、育てる・・・
それが先生の役目だからです。
長尾先生は、何十年も自分の先生としての役目に自信を持って勤められたから・・・
今先生が気がかりなのは、教え子が元気で居ることだけなんだ・・・
どんなに長所を伸ばすことが出来る先生でも、それだけは先生の力ではどうにもならない事だから・・・
いつも元気でいなくちゃ、健康でいなくっちゃ、長尾先生の為にも。
気が付くと運動会は、表彰式を迎えていました。
勝利チームの先生が、生徒達からクス球の残りのキラキラを投げられて笑っていました。
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