No.143 2001.9.17
赤坂の録音スタジオで、久しぶりにタカフジに会いました。
ちょっぴり変わった人間で、その皮肉と毒舌が、内面のナイーブな感性を押し隠す方便なんだと気が付くのに、コチサには随分時間が必要でした。
本来ならディレクターに昇進しても良いのに、いまだに現場にこだわるのも、その隠れ蓑の一つだとコチサは思っています。
タカフジ
「やぁ、コチサさん、久しぶり」
コチサ
「あっ、タカフジじゃん、元気?」
タカフジ
「元気すっよ、全く祭日に早朝からの打ち合わせ、コチサさんの希望なんすか?」
コチサ
「そだよ。早起きは三文の得って言うじゃん」
タカフジ
「全然、得なんて無いっすよ、今朝だって・・・」
タカフジが乗った早朝の電車は、三分程度の乗車率でした。
タカフジが座った次の駅で、60歳代と思われる夫婦が乗ってきて、タカフジの隣に座りました。
ハイキングにでも行くのか、軽装にリュックサックという姿だったそうです。
タカフジの隣に男性、その隣に女性が座りました。
人の少ない車両で、二人の会話は響きます。
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女性
「うわー冷房効きすぎて寒くなっちゃうわね」
男性
「ふふー、そうだな」
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そしてその男性の手が、座っているタカフジの腿を軽く叩きました。
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男性
「いい体してるね」
女性
「えっ?」
男性
「いや、こちらの方はいい体していらっしゃる」
女性
「ふふっ、そうね」
コチサはその光景が想像できました。
いつもは、サラリーマンが中心のその時間のその車両が、祭日になると少しだけいつもと違った景色が入り込んでくる。
学生時代、ラグビーで鍛えたタカフジの体は確かに「いい体」してる・・・
ちょっぴりおかしくなってタカフジに聞きました。
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コチサ
「で、タカフジはどうしたの?」
タカフジ
「余計なお世話だ、静かにしてろ!って言ってやったよ」
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自分でもわかるくらいコチサの顔が一瞬に曇りました。
そしてそれは、タカフジも見逃さなかったようです。
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タカフジ
「敬老の日だか知らないけど、失礼なんだよ。いきなり人の腿触ってさ。最初は小さい声で「余計なお世話だ」って言ったんだけど。聞き返してくるんだよ。よく見たら補聴器が入っていたんで、大きな声で「余計なお世話だ、静かにしてろ!」って繰り返したんだよ」
コチサ
「で、その二人は?」
タカフジ
「はは、とか笑って終点まで静かにしてたよ」
コチサ
「タカフジ、それ可哀想だよ。そりゃ、今の時代変なのいるよ。でもその夫婦は普通の夫婦だったんだよ。それでたまたまタカフジの横に座ったら、タカフジが居た。タカフジは誰が見たって、筋肉質でいい体してるじゃん。そのおじいさんは、若い頃を思い出して羨ましくなったのかもしれないし、とにかく褒め言葉だったんだよ・・・それが女性だったら、そのおじいさんはそんなことしなかったと思うし、10代20代の若い人にもしなかったと思うよ。タカフジを見て、自然にそうしたんだよ」
タカフジ
「いきなり人の腿触ってくるなんて、今の時代、失礼以外何者でもないんだよ。さっ、打ち合わせ行こ」
しまった!
久しぶりに会ったので、コチサは、タカフジとの感覚を忘れていたのかもしれません。
タカフジは、その朝の事件を誰よりも悩んでいたんです。
その老人夫婦の身なりや雰囲気を、必要以上に説明したこと。
わざわざ「敬老の日」とか「補聴器」というキーワードをいれてコチサに話したこと。
全ては、老人夫婦のイメージを良くする話し方をしていました。
本当に相手が悪いと思って、それを人に説明する時は、そういう話し方はしません。
必要以上に悪いイメージで相手の事を話すはずです。
どうして、タカフジが、
「余計なお世話だ、静かにしてろ!」
と言ってしまったのかは、わかりません。
いや、平日の通勤電車の社内では、それが当然の会話だったのかもしれません。
でもタカフジは明らかに後悔してました。
だからコチサにああいう言い方をしたのだと思います。
でもコチサはそれを間に受けて、そのタカフジの行為を非難してしまいました。
もっと別な言い方があったはずです。
コチサの非難は、タカフジにはとっくにわかっていたことだからです。
タカフジが求めたのはもっと別な事だったのでしょう。
じゃぁ、何と言えば良かったのかは今でも思いつきませんが、少なくともタカフジという人間を知っていたら非難をすべきじゃなかったと思っています。
時代はどんどん変わっていって、特に都会では、殺伐とした人間関係が当然のことになっているから、確かにあの老人夫婦の対応は異質のものだったのかもしれません。
もしかしたら、老人夫婦は後で、
「全く今の若いもんはなぁ・・・」
と言ったくらいで、敬老の日のハイキングが台無しになるようなダメージは受けなかったかもしれません。
でもここに自らの蒔いた種とはいえ、はっきりとダメージを受けた人間がいます。
「余計なお世話だ、静かにしてろ!」
その強い言葉と無関心さとは裏腹に、自分の言葉に何日も悩み、苦しみ抜くだろうタカフジがいます。
タカフジという人間を知っている分、コチサは胸が痛くなってきました。
出来れば、
老人夫婦のハイキングが楽しいものであった事を・・・
そして、世の中には強い口調に反比例するナイーブな心を持った人間がいる事を・・・
その老人夫婦に解ってもらえていることを・・・
様々な思いが神様に届きますように。
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