No.139 2001.9.7
だいぶ涼しくなってきたので、今日は距離を稼ごうと、夕刻早めのジョギングに出発しました。
神田川沿いのいつものコース、一周1マイルのコースを周回します。
ランニングウェアも、まだこれだけ明るいとちょっと目立ちすぎて少し恥ずかしい感じです。
最初にその男性を見かけたのは、そのまだ明るい日差しのせい・・・
リハビリ中かと思われるおじいちゃんが、杖を頼りに一歩一歩よろけそうになりながら歩いていました。
コチサはジョギングのスピードを少しだけ緩め、おじいちゃんを驚かせないように追い越していきました。
体の右側の自由が利かないようで、左手に杖を持って、ゆっくり、本当にゆっくり歩いていました。
2週目
そのおじいちゃんは、先ほどからほとんど進んでいるようには見えませんでした。
やはり同じように、ゆっくりゆっくり・・・
歩いているというよりは動いているという感じで移動していました。
今度もコチサは、少しだけスピードを緩め、さっきよりは少しだけおじいちゃんのそば側を追い越していきました。
ちょこっとだけ目礼をして・・・
秋の日は釣瓶落とし・・・
3周目には、一気に暗くなった感じで・・・
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おばあちゃん
「ツルベっていうのは、この水を汲むバケツのことなんよ。こうして井戸にするすると落ちて行くやろ。秋はすぐに日が落ちて暗くなることを、この井戸に落ちるバケツにたとえたんやな」
コチサ
「ツルベ落としかぁ・・・じゃぁおばあちゃんはツルエだから、おばあちゃんが井戸に落ちたら、ツルエ落としやな」
おばあちゃん
「縁起でもないこと言うんやない、この子は」
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そんな事を思い出しながら走っていると、陽が暮れて陰になりつつあるおじいちゃんにまた追いつきました。
思い切って声をかけて通り過ぎました。
「こんにちは」
走り去るコチサにおじいちゃんが、何事か声をかけたようです。
立ち止まって、振り返るコチサ。
おじいちゃんは、大きな声で何かを言っています。
会話もまだリハビリ中なようで、コチサにはうまく聞き取れませんでしたが、きっと「がんばれよ」と言ってくれてるんだと思って、にっこり笑ってお礼を言いました。
4週目、5週目と、そんな挨拶と会話が続きました。
もうその頃には、陽の落ちた暗さにまぎれ、お互いの姿は「影」としか認識できなかったのですが、「こんにちは」の言葉とそれに応えるおじいちゃんの言葉のやり取りは続きました。
6週目・・・
「1時間走ったし、これで最後にするか」
そう思ったコチサは、ラストスパートで駆け抜けました。
「こんにちは」の挨拶もおじいちゃんには力強く聴こえたはずです。
コチサがいつもゴールに決めているところが、おじいちゃんの歩く目と鼻の先だったので一層スピードがのっていました。
「はぁはぁはぁ」
首にかけたタオルで汗を拭いて、コチサはポケットから小銭を取り出します。
きっちり120円。
自動販売機からアクエリアス350mlプラス150mlのビックサイズ缶を買う為です。
「うまい」
一気に3分の1ほど飲んで一息つくと、おじいちゃんがそばまでやって来ていました。
おじいちゃんは、首から下げた袋から小銭を出して自動販売機にコインをいれようとしていますが、なかなかうまくいきません。
コチサ
「お手伝いしましょうか」
おじいちゃん
「あー」
コチサ
「何飲まれます?」
おじいちゃんが指を指したのは、小瓶のビタミンドリンクでした。
500mlの缶を握ったコチサと、180MLの瓶を持ったおじいちゃんが、暫し運動の後の爽快感を味わいます。
1.6キロを6周したコチサと、その間400メートルほど歩いたおじいちゃん。
運動した距離は違っても、同じ夕暮れの同じ道を、汗をかきながら動いた満足感。
結局お互いに満足な言葉を交わすことは無かったけど、自動販売機の明かりに照らされて暗闇にこぼれたおじいちゃんの笑顔が、運動の後の充実感を一層大きく嬉しいものにしてくれました。
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