No.83 2001.4.25
何を隠そう、実はコチサは「緑の黒髪」とかいうやつです。
子供の頃、おばあちゃんがよくコチサの髪を撫で付けて言っていました。
おばあちゃん
「サチコは、ほんにえー髪をしとるなー」
コチサ
「うん!」
真っ黒い髪をユサユサ揺らせ遊びまくっていたコチサは、おばあちゃんに捕まえられると、そんなことを言われながら、正座して髪を梳かれていました。
そういうおばあちゃんも、真っ黒い「緑の黒髪」です。
そしてお母さんもそうなのです。
おばあちゃん
「益田の女は、代々緑の黒髪が自慢なんじゃよ、良かったなぁサチコ」
コチサ
「う、うん・・・」
悪気のないおばあちゃんの言葉ですが、コチサは目の端に妹が遊んでいるのを見つけ、言葉少なに返事を返しました。
妹は、黒髪ではなく、ちょっぴり茶色がかった髪をしていたからです。
そして月日は流れ・・・
おばあちゃん
「サチコ、どないしたん?その髪?体でも壊したんか?」
コチサ
「ううん、ちょっと茶色っぽく染めてみたんだよ」
おばあちゃん
「何でや?せっかくの黒いえぇー髪を」
おばあちゃんの時代は「緑の黒髪」が、美しい女性の代名詞だったかもしれないけど、今時真っ黒い髪なんて・・・
重そうで暗そうで・・・
でもそんな事は言えなくて・・・
コチサ
「うん、また戻すよ・・・」
また目の端に大きくなった妹が・・・
笑っています・・・
妹のブラウンの髪は、今の時代にマッチして、とても爽やかです。
東京に出てきてからも、普段はブラウン系を薄く入れて重さを抑えていたのですが、実家に帰るときはいつも黒髪に戻しました。
おばあちゃん
「サチコは、ほんにえー髪をしとるなー、益田家の自慢じゃぁ」
体の自由がだんだんきかなくなり、畑に出ることもなくなり、布団での生活が多くなったおばあちゃんですが、コチサを見るたびにそう言って嬉しそうに目を細めました。
コチサ
「おばあちゃんも、コチサと同じ、緑の黒髪だね」
おばあちゃん
「益田家の誇りじゃからな」
そして・・・
動きこそ鈍くなっていましたが、気持ちも心もかくしゃくとしたおばあちゃんは、大きな病気を患うことなく、老衰で亡くなりました・・・
コチサ
「おばあちゃん・・・」
コチサは慌てて東京から帰りました。
おばあちゃんは、亡くなる2週間くらい前から、ほとんど布団に伏せたきりになっていたと言います。
安らかなおばあちゃんの顔に対面したコチサは、おばあちゃんの自慢の緑の黒髪の生え際が、白いことに気がつきました。
お母さん
「あたしも知らんかったけどな・・・おばあちゃんなぁ、もう何年も前からずーと一人でこっそり髪染めてたらしいわ・・・白髪になんてなってたの誰も知らんかったのよ」
「益田の女は、代々緑の黒髪が自慢なんじゃよ、良かったなぁサチコ」
おばあちゃんの言葉が、頭を駆け巡ります。
初めておばあちゃんが自分の頭に白いものを見つけた時、どんな気がしたんだろう?
ショックだったんだろうな。
それで誰にも気がつかれないように、一人で緑の黒髪に染めつづけていたんだ・・・
晩年は体も自由がきかず、さぞ大変な作業だったろうに・・・
それでも、おばあちゃんは、「益田の女」の誇りにこだわったんだ。
今、おばあちゃんに対面しているコチサは、急な帰省のため、髪を戻すことも出来ずに、自分の髪がブラウンがかったままでいることに気がつきました。
確かに、時代がかった古い考えで、今の時代には全然マッチしないけど、おばあちゃんがそうまでして守りたがった伝統の黒い髪を、簡単に茶色にしている自分に胸が痛くなってきました。
コチサ
「おばあちゃん、ごめんね」
何故謝ったのかわからずに、思わず口をついた言葉を後に、コチサはおばあちゃんのそばをはなれました。
そんなコチサの姿に気がついたお母さんが、後を追いかけてきます。
お母さん
「サチコ、お母さんの髪見てや、真っ黒やろ。まだ当分は大丈夫だと思うわ。だからお前は東京で仕事しやすいように、髪の色落としてもええんよ。益田の伝統は暫くはお母さんが守ってるから、安心しぃや」
コチサ
「うん!」
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