No.20 2000.11.22
先週の日曜日に挨拶を交わしたばかりの、近所のおばあさんがお亡くなりになりました。
心臓発作だそうです。
毎朝犬を連れて、元気に散歩していたおばあさんでした。
コチサとは知り合って三年になるけど、いつの日も会話の内容は同じでした。
コチサ
「おはようございます」
おばあさん
「偉いね、朝から走っているのかい」
コチサ
「おばあさんも毎日犬の散歩して大変ですね」
おばあさん
「あたしの、ここ(胸)ね・・・牛の心臓が入っているんだよ」
コチサ
「へぇー」
おばあさん
「そんでね。ほらこの足には針金がいっぱい入っているんだよ」
コチサ
「わぁー大変でしたね」
おばあさん
「へへ、でもそうは見えないだろ」
コチサ
「えぇ、本当に健康そうで元気一杯って感じ」
おばあさん
「へへ、元気、元気」
コチサ
「じゃぁ行ってきまーす」
おばあさん
「行ってらっしゃい・・・ふー偉いね本当に・・・」
牛の心臓というのは、なんか心臓を悪くした時に、心臓の「ベン」を牛の「心臓」からとって、どうにかこうにかしたことらしい。
足の針金は、やはり骨の病気か何かで、歩くのが困難になったとき、何かを埋め込んだことを言っているらしい。
詳しいことはわからないが、おばあちゃんにとって「牛の心臓」と「足の針金」はとても大きなことで、そして自慢だったようで、会うたびにその話をしていた。
そしてコチサは、いつもはじめての話のように驚いた。
牛の心臓を語る時の、おばあちゃんの「きらきら」光る目が好きだった。
相手の驚きを期待してワクワクしている、純粋な子供のような目・・・
その目を見るためなら何千回でも、何万回でもコチサは驚き続けることが出来た。
そういえば、2年程前、おばあちゃんはテレビに出演した。
落語家さんが訪問して、家庭の食事をご馳走になるという「隣の晩ご飯」とかいう番組だ。
おばあちゃんは、お嫁さんを向こうに回して台所を切り盛りして、そこでも「牛の心臓が・・・」とか言っていた。
落語家さんが、
「この料理は牛の心臓ですか?」って切りかえすと、
「違うんだよ、ここ(胸)にね、ここに牛の心臓が入っているんだよ」って・・・
コチサはテレビ画面の落語家さんに向かって、
「そこはボケるんじゃないよ、驚かなくちゃいけないんだよ」
「そこは視聴者のウケより、おばあちゃんに驚いた顔を見せなくちゃいけないんだよ」
って文句を言ってた。
この夏、おばあちゃんは、息子さん夫婦と一緒にハワイに行ってきた。
「この歳になって外国なんてね」って言ってたけど、嬉しそうだった。
そしてお土産だって言って、野沢菜をくれた。
ハワイで野沢菜を買ったのか、近所のスーパーで買ったのか・・・
その野沢菜はいつも食べている野沢菜と同じ味がした。
打ち合わせから帰った夜、いつもの駅・・・
改札を出ると、そこには黒い縁取りがされた指の矢印のついた案内版が貼られていた。
おばあちゃんの苗字が書かれている指の矢印は、誰かが慌てて貼ったのか少し斜めに貼られていて、その先は「天」を指していた。
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